マイカー遍路は目的地に早く着きますし、
マイクロバス遍路は、ただバスに乗っているだけで
連れて行ってくれて大変便利です。
しかしながら『悟り』が得られやすいのは、
【歩き遍路】の方だと私は自らの経験を経て確信しています。
それは何故か?
お気楽な車遍路だと『苦難』がない・少ないからです。
この苦難がない・苦難を経なければ、
人間は成長し悟れないようになっているのです。
私たち人間は何等かの『幸福』を追求する為に生きている・・・
“生かされている”のだと思われます。
この世の中(娑婆)において、幸福を手にしたいと思えば、
自らを磨き高め成長しなければならない・・・
つまり精進&修業をしなければならない。
修業の過程は厳しく険しいまた途方もない苦難の道であります。
真の幸福・満足感を永遠に手にし続ける方法は、
自らの幸福の為に苦難を積極的且つ
喜んで受け入れ続けることであろうかと思われます。
今生きている命があるという【生命の歓喜】を感じながら、
この娑婆での【あらゆる苦難】を味わい尽くすのです。
この「生きること」の幸せと、
辛さや悲しみ苦しみ両方を自らの心身で感じながら、
全てを受け入れながら生きてゆくのです。
それが本来の生き方であり、どちらか一方だと、
不足不満だけのまた自己嫌悪だけの人生になり、
人生自体が真の意味で幸せになってゆきません。
以前にお話しさせて頂きましたが、
苦難には大きく分けて2種類あると私は観ております。
まず『積極的苦難』。
自らが真に幸福になりたい・悟りの境地(魂のレベル)に達したいと、
自らの意思選択(仏心)により、敢えて苦難に飛び込んでゆくというものです。
例えば、キャリアアップしたいので英会話を学びに行く・
自腹を切って自己啓発セミナーに参加する・
今やっている事業だけでも食べて行けるけど、
世の中の為に新規事業を行う等。
『1から2、3、10、1万・・・と、プラスが更なるプラスに広がる為の苦難』です。
また良い状態から更に良くなる状態にステップアップする為の苦難
(試練・練磨のチャンス)のようです。
もう一つが『消極的苦難』です。
残念ながらこちらの苦難の方が、この娑婆に蔓延っております。
『マイナスからゼロに戻す為の苦難』で、
自らの悪い所を直す為に起こる苦難です。
例えば自らの愚かさにより道を間違え人生路頭に迷ったり、
自らの我儘により人間関係が崩壊し他者から攻撃されたり、
自らの無知さにより事業に失敗したり・・・等等。
人間の“魂のレベル”が上がる程に『積極的苦難』の
比率が高まって行くようです。
消極的苦難の渦中にいる人たちに共通することは、
まず『被害者意識』や『責任転換』
『自分は悪くない。悪いのは他者であるという意識』が酷いということです。
娑婆は全て『因果応報』であります。
個人においても家系においても、国家・民族においても、
全てがコレに当てはまるのです。
「よい(悪い)ものを出すと、よい(悪い)ものが還って来る」のです。
何等の“悪いもの”を出している人間に“よいもの”が
還って来ることは絶対にありません。
また“見返り”を求めてよいことをしても、
貪欲に見返りを求めた分だけ、
悪いもの(罪と罰)が還って来ます。
自己怠慢や愚かさ、我儘・・・各種様々な自らが発心する“罪”が
消極的苦難という事象(一種の罰)に化けて、
自分のところに還って来ているだけです
(もしくは自らが属する家系や組織の罪)。
他に共通することは、『嫌いな人が多い』ということ、
『他者批判が強い』もしくは逆に『自己嫌悪感』が強いということです。
あとどうしようも出来ないのが、
その人自身なその人が属する“家系”自体に【罪】がたまり過ぎて、
今生きている最先端の子孫が
各種様々な心身の異常(病の気や邪の気)が出ており、
結婚や出産が出来なかったり自殺や殺される等、
家系自体が【絶家】に向かっている方々です。
この娑婆における最大の罪の償い方は、
家系(自らも含め)自体をこの娑婆から抹消させられることであり、
自分も含めて先祖全員がこの世とあの世とで
路頭に迷い地獄に堕ち、
天国に上げる為の祈り(=先祖供養)を子孫が
出来ないという状態であります。
以上のことは非科学的な見えない世界のことであり、
【見えない=無い】という価値観をお持ちの方は理解不能であり、
それはそれで良いと私は考えます。
自らや家系の罪と先祖供養という
消罪方法との関連性は実は非科学的ではなく、
【超科学的】なものであり、
無知で愚かさ有限性のある人間の思惟を
越えたところにある真理真実であり、
人間の感覚を越えた所にあり、見えない・感じる(観得る)境地であり、
その境地を感じことが出来るようになることが、
【悟りへのスタートライン】のようです。
ま、人間が死んだ後のことは、
死ねば明確に分かりますので、
いつか必ず人間全員が分かることですので
私の書くことが正しいかどうかは、
死んでからご判断頂ければと思いますので、
現時点では『ご参考』までに読んで頂きまして、
後はさらっと流して頂ければと思います(笑)。