憲法なんて知らないよ—というキミのための「日本国憲法」池澤夏樹より

なぜ憲法がいるのか
憲法って法律ぜんぶのもとだ
ならば、なんで法律がいるのか
それを考えなくてはいけないことになる

人は喧嘩するものだから、というのが
多分、そのかなしき理由だね
喧嘩する。争う。モノをとり合う。いばる。いじめる
人って、本当に美しくて、いとおしくて
すばらしいのに、でも嫌な面もたくさんある

社会の始まりまで戻ってみよう
たぶん最初から人は仲間たちと一緒に暮らしていた
人の祖先は孤独なゴリラ型ではなく
集団生活のチンパンジー型だった

そうすると、強い奴と弱い奴が出てくる
強いのがいばるし、おいしいものは先に食べるし
雌を独占したりして

強い奴はいい気持かもしれない
だけど、人間の場合は弱い奴のことも考えて
社会を作ろうと決めたんだ
弱い奴をの方を土台にして、と言ってもいい

それができたのは、たぶん人間には言葉があったからだろう
弱い者同士で話しているうちに、世の中には弱い者の方が
ずっと多いということがわかった
それならば、社会というもの、弱い者が主役じゃないか

この本を読んでいるきみが日本の国籍を持っていたら
けっこう運がいいと思ってもいいだろう
なぜって、日本の憲法はずいぶんいい憲法で
そのおかげで日本もなかなかいい国だから

もちろん問題はたくさんあるさ
国に対する不満なら山ほどある
未来が暗いのが今はいちばんの問題かな

だけどそれは憲法のせいじゃない
いい憲法があるのにそれがうまく
働いていないのがいけない、という人は多いよ
それでも、ぜんたいとして日本はそう悪い国ではない

普段の生活には憲法なんてしらなくてもいい
それでも憲法は遠くでしっかりきみを守っている
日本に住んでいる人たちが幸福な日々を送れるように
生活の土台を支えるのが憲法の仕事だ
幸福を保証してくれるわけではない

そこまでねだるのは欲張りというものだし
それは自分で努力して得るべきものだ
そうではなくて、国の制度のせいできみが
不幸に落ち込まないようにガードする
法律ぜんぶを束ねてバリヤーを作る

でもね、憲法は万能ではない
なぜって、法律は万能ではないから
せっかく憲法に沿って法律を作っても
みんながそれを守らなければなんにもならない

憲法を作って、法律を作る
でもそれを守らない奴が必ず出てくる
だからそういう場合のために法律を作る
そうやって、法律はどんどん増えていく
憲法を作ったから、法律を作ったから
安心というわけではない

こういうこともメンテナンスが大事なんだ
それでも、憲法はこの国がとんでもないことにならないよう
しっかり土台を固めているといっていいよ

<ツルニチニチソウが咲いていました>