映画「風は生きよという」を観て

9月30日(土)午後2時30分〜大阪市内の会議室で「風は生きよという」という映画が上映されました。
障がいの程度は様々違うでしょうが、大正・昭和の時代でも障がいを持つ人はおられました。
私の従姉妹は小児麻痺で片足の成長が停まって、歩行困難でしたし、別の従兄弟は脊髄カリエスで寝たきりになって戦病兵として内地に帰還していました。親の知人はお子さんが寝たきりで、自宅で親御さんが学校の教科書で勉強を教えられていて、頭脳優秀な成績であったと子どもの頃に聞いていました。

それに引き替えて現代は、移動も呼吸も自力では出来にくくても外出し、健全な精神で ヘルプを受けながら生活しておられる。
重度の障害児でも移動式ベッドで通学して、クラスの全員に取り囲まれて、同じように勉強して中学・高校と入学試験を受けて、いる、と映画で見せて貰いました。
日本の国は、なんという良い社会になったのだろうと、偏見も一杯残っているにせよ、 国家的な成長が感じられて、そのことに感動しました。
日本の国も捨てたものではない、成長しているのだなあと思いました。

大昔の神話社会では、障害児が産まれたら「みずこ」と言って捨てた伝承があり、日本だけでなく世界中に、同じような伝承があるようです。その種の考え方の遺伝子を持った野蛮な思想の持ち主が減って、相模原事件が起きない国に、やがてはなることを信じたいと思います。

そのために努力することは何かと考えますと、私に出来ることは矢張り認知症への偏見と、認知症予防と言う言葉に対する偏見を解いていく活動を続けるしか無い、という結論に達したのでした。

人工呼吸器をつけて、車いすや移動式ベッドに寝た姿勢で、必要な援助を受けながら、 人として完全な、健全な精神生活を送っておられる実情の映画を通して教えられました。

そのこと自体が国の大きな成長としなくて何でしょうか。
国家予算は軍備でなく、世界中の国が人々の生活に視点を置くようになって欲しいものです。