和歌と政治の大人物

日 時 平成29年11月30日(木)13時30分〜15時
 平安時代初期に和歌と政治の大人物が二人いました。
 ひとりは「小野 篁」で帝にも意見をするという熱血漢で、昼は
朝廷に仕え、夜は地獄の閻魔庁に仕えたという伝説の人です。
 また小野小町の祖父とも父とも言われていますが不明です。
 32才で遣唐副使に任じられるも、大使の船に欠陥があって
交替を命じられ、これを不服として役職を降板します。
 それが嵯峨天皇の怒りにふれて隠岐へ流罪となり、その時に詠んだ
歌が百人一首にある「わたの原 八十島かけて 漕ぎいでぬと 人にはつげよ あまのつり舟」です。

あとひとりは「僧正遍照」で数々の浮名を流した人ですが、出家した
あとは修行を積んで僧正の位にまで上りつめました。
 また平安遷都した桓武天皇の孫で、寵遇をうけた仁明天皇が崩御
しますと35才で出家いたしました。
 その間 小野小町や在原業平と交流を深め、光孝天皇が即位すると
僧正に取り立てられました。
 百人一首では「あまつかぜ 雲のかよひじ 吹きとじよ 乙女のすがた
しばしとどめむ」と詠んでいます。