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M夫妻の場合、定年退職した夫は次の職場を探しています。妻はこの機会に、夫の書斎からあふれだし、いまや来客用の和室の三分の一を占めるファイルの山を整理してほしいと頼みました。これまでは「仕事が忙しい」の一点張りで、それを言われるとさらに要請することもできず、長い間我慢してきたからです。退職して時間がある今こそ、と期待していました。それなのに夫は「そのうちやる」と言うばかり。ファイルの中身は夫が四〇年あまり勤めた会社の広報誌です。月一回の発行で入社時からすべて揃っています。
そうこうしているうちに夫に再就職の話が来てすんなり決まり、和室のファイルは手つかずのままです。怒り心頭の妻は夫に黙ってファイルをすべて捨ててしまいました。さてこの場合、悪いのは妻でしょうか、それとも夫ですか。
妻にしてみればもう限界だったのです。なぜ妻は和室を片づけたかったのでしょう。田舎に住む夫の母のひとり暮らしが気になっていました。高齢なので何かあったらいつでも来てもらえるように、一階の和室を片づけて準備しておきたかったのです。ところが夫は再就職のことしか頭になく妻の話をまともに聞かず、またいつもの「ファイルを捨てろ」だと聞き流していた。
離婚騒動にまでは至らず、ファイルですんだ男性は幸いかもしれません。問題は一見、「もの」のを整理するか否かのようですが、そうではありませんね。実は「コミュニケーション」不足が問題だったという話です。
『老前整理の極意』2018年 NHK出版 ラジオ講座「こころをよむ」テキストより
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