今の青森県は、津軽藩(県西側)・南部藩(県東側)・
斗南藩(県北東部・下北半島)と3つの藩が
合体して出来た県です。
南部藩と津軽藩の境に設置されていた【藩境塚】という
境界を示す4つの塚が今でも公園として整備され
遺っているとのことで見て来ました。
昔はこんな塚がたくさんあったかと思いますが、
変化の渦の中で「無用の長物」として
歴史の彼方に消えてしまったようです。
未だに江戸時代の遺物が遺っているって、
物持ちがいい県ですよね!
歴史好きにはたまりません〜^^♪
あと、別の意味・理由で遺っていると推測しています。
南部藩と津軽藩はかつてめちゃくちゃ
仲が悪かったのです。
だから境界線はかなり重要なんや、、、と?
隣同士は、境界線の問題等、
リアルに利害関係が衝突するので、
仲が悪い場合が多いのですが、
もともと津軽藩というものは存在せず、南部藩でした。
が、津軽為信という人物が、
豊臣時代に下剋上状態で南部藩から分離独立して、
津軽藩を作ったのです。
だから南部の人は津軽に対して
あまり良い感情は持っていないそうですし、
津軽の人は南部の人に対してどことなく
負い目を感じているそうです。
が、廃藩置県となり、既に150年も経っていますので、
そんな南部VS津軽感情は若い人を中心に
残っていないようです。
車がビュンビュン走る国道4号線沿いの
駐車場に車を置いて陸奥湾に向かって坂を下り、
そして今はもう存在しない旧街道沿いにあったと思われる、
この藩境塚を眺めた時、中世や江戸時代の残り香が、
秋風に乗ってほのかに漂ってくるようでした。。。☆
●藩境塚(通称・四ツ森)