日 時 2020年11月12日(木)10時〜11時30分
古代ギリシャの哲学者でソクラテスの弟子とも言われたプラ
トンのお話しがありました。
プラトンはBC427年にアテナイ(アテネ)に誕生し、ソクラテス
の刑死(BC399年)を経験し、アカデメイア(学園)を設立(BC
387年)して、BC347年に没しました。
表題の「イデア」ですが、たとえば「美しい」の場合は、「モーツ
アルトのジュピター交響曲」や「フェルメールの真珠の首飾りの
少女」等とは別に「美そのもの」が存在する意があり、「よい」の
場合は「善い人」や「善い行為」等とは別に「善そのもの」が存在することを言うとのことです。
もし「イデア」が本当にあるとするならば、「感覚によって捉えられる世界」と「感覚によって捉えられない世界」が存在することになります。
前者は、見たり、聞いたり、触れたりした個物の存在であり、後者は、アイディアや理想として存在するものを言っているのではと思われます。
すなわち「イデア論」は実際には目に見えないけれども存在するものがあるという考え方のようで、たとえば「1個のグラス」「1枚の紙」「1本のエンピツ」等は存在するが、「1」そのものは目に見えないけれどもやはり存在はしていると考えることではないのでしょうか。
また「正義」とは、魂の3つ(知恵、勇気、節制)がバランスよく働いている状態をいうとのことでした。