日 時 平成24年5月22日(火)
場 所 西宮中央公民館
講 師 山下忠男氏(地域史研究家)
今回は阪神間の交通の要衝である「西宮北口」周辺の地名を
中心に、その由来や歴史を解説していただきました。
地名はその土地の持っている特性や時代とともに変遷します。
この周辺は、古代(飛鳥〜平安)においては律令制度の下で
摂津国武庫郡に属し、広田郷・石井郷・津門郷等と呼ばれました。
また中世(鎌倉〜室町)においては律令制度が崩壊し、荘園制度が台頭してきまして、広田荘・大市荘・弘井荘等と呼ばれるようになります。
そして近世(江戸〜)になりますと、広田村(大社町・丸橋町・高座町等)、中村(大畑町・平木町・青木町等)、津門村(深津町・高畑町・田代町等)等々となりました。
たとえば大社町は明治に六村が合併し、広田神社に因んで命名されましたし、丸橋町は昭和の併合により、かって丸橋があったことからこの名が誕生いたしました。
また高座町の「たかくら」は全国的に多い地名で、漢字ではこの他に高倉・高蔵・高鞍等とも書かれており、「くら」は高所の岩の窪みのことで、僧侶達の修行場でもありました。
そして高い処とは、地形ではなく地位を指すものだそうです。
地名の解説に続き、広田神社の経緯を「日本書紀」等を引用して説明がなされました。