『万葉集と食』

(%紫点%)前期講座(文学・文芸コース)(3月〜7月:全11回講義)の第10回講義の報告です。
・日時:7月5日(木)午後1時半〜3時半
・場所:すばるホール(3階会議室) (富田林市)
・演題: 「万葉集と食文化」
・講師: 田中 千晶先生(甲南女子大学兼任講師)
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*万葉集について*
・日本で最古の歌集
・舒明天皇(第34代:在位629〜641年)のころから、淳仁天皇(第47代:在位758〜764年)のころまでの和歌を、約4500首集めたものです。
-短歌(五、七、五、七、七)…4173首
-旋頭歌(五、七、七、五、七、七)…61首
-長歌…262首
・万葉人(1300年も前の日本人)は、どんなものを食べていたのでしょうか。
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(%エンピツ%) 講義の内容
1.主食
・米・麦・粟(あわ)・黍(きび)・豆の五穀
・庶民は…麦・、粟、黍、稗、ソバなど雑穀が中心。
「飯(いひ)食(は)めど うまくもあらず 寝(い)ぬれども 安くもあらず あかねさす 君が心し 忘れかねつも」 (巻16-3857)
・(歌意)(ご飯を食べてもおいしくない。寝ても安眠できない。うるわしいあなたの優しい心だけが、どうにも忘れられないことよ)
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2.副食
野菜(山菜、野草を含む)…芋、蒜(ノビル)、芹、蕨、蓬など
「蓮葉(はちすば)は、かくこそあるもの 意吉麻呂(おきまろ)が 家なるものは 芋の葉にあらし」 (巻16-3826)
(歌意)(蓮の葉とはまさにこうあるべきものなのだ。私・(おきまろ)の家にあるのは、どうやら里芋の葉のようだ)
果物…瓜、栗、桃、梨、梅、橘など
☆ 「瓜(うり)食(は)へば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものぞ 眼交に もとなかかりて 安眠(やすい)しなさぬ」 (巻5-802)

藻類…稚海藻(.わかめ)、海松(みる)、藻など
獣類…主として鹿と猪を食した。『万葉集』では、鹿も猪もシシと訓み、獣肉は、シカとイノシシをさす。
魚介類…鮑(あわび)、栄螺.(さざえ)、蜆、蟹、鯛、鮪(シビ・まぐろ)、鰹、鯨魚(イサナ・くじら)、鮒、鮎など
「伊勢の海人(あま)の 朝な夕なに 潜(かづ)くという 鮑の貝の 片思いにして」 (巻11-2798)
(歌意)(伊勢の海人が朝ごと夕ごとに潜ってとるという鮑の貝のように、私の恋もずっと片思いのままだな)
「石麻呂に 我れ物申す 夏痩せに よしというものぞ 鰻(むなぎ)捕りめせ」(大伴家持)(巻16-3853)
(歌意)(石麻呂さんよ。夏痩せには鰻が良いと聞いております。それを捕って召し上がりなさい)←万葉の時代から、鰻は滋養のある食べ物。
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*右上の木簡は、平城宮跡から出土したもので、長屋親王
の宮宛に届けた鮑(あわび)の荷物に付けられ荷札です。
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3.調味料
・調味料は塩、酢、醤(ひしお)などが詠まれている。料理には膾(なます)とか羹(あつもの)がある。
「醤酢(ひしほす)に 蒜(ひる)つきかてて 鯛願ふ われにな見せそ 水葱(なぎ)の羹(あつもの)」 (長意吉麻呂)(巻16-3829)
(歌意)(醤と酢に、ノビルをつぶしたものをまぜて、これをつけた鯛が食べたい。水葱(ミズアオイ)の汁物なんて見るのもいやです)→この歌は、万葉時代の食べ物が、どんなであったかを知るのに、よい歌です。醤(ひしお)は、大豆でつくったものだそうだから、今日の醤油みたいなもの。酢はお酢で、蒜は「にんにく」。この料理は魚をつかったさっぱりした料理です。

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4.蘇(そ)
○右は、「蘇」で、古代のチーズ?です。万葉の時代に、シルクロードを経て伝わった蘇は、貴族や高級官人などが、不老長寿や美容食として食していました。
*蘇は、牛乳を煮詰めて水分を飛ばして作られます。⇔「醍醐味」(牛乳を精製する過程の五段階(「五味」)で、最後の「醍醐」で最上の味を持つ乳製品が得られるとされた)
*クール宅急便で「飛鳥の蘇」(製造元:西井牧場生乳加工販売所・奈良県橿原市)を取り寄せ、30人近くが試食。…多くの人が”おいしい”との評価。
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4.酒
・『万葉集』でお酒を詠んだ歌は約40首。
・古代の酒は、濁り酒。
「験(しるし)なき 物を思はずは 一坏(ひとつき)の 濁れる酒を 飲むべくあるらし」(大伴旅人) (巻3-338)
(歌意)(くよくよと甲斐のない物思いに耽るよりは、一坏の濁り酒を飲む方がましだ)
「酒杯(さかづき)に 梅の花浮べ 思ふ達(どち) 飲みて後には 散りぬともよし」(大伴坂上郎女)(巻8-1656)
(歌意)(酒杯に梅の花を浮かべ、気のあった者同士で飲んだ後は、梅の花が散ってもかまわない)→開放感にあふれた歌で、この一首で大伴坂上郎女は、“酒飲みの女”のレッテルを貼られた?。
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【万葉時代の食文化は、魚介類や山野草など食材として実に多彩】
●しかし、庶民の主食は粟や黍など雑穀で、一汁一菜で貧弱。
・山上憶良「貧窮問答」の歌(部分)
★「・・・竈(かまど)には 火気吹き立てず こしきには 蜘蛛の巣かきて 飯炊(いひかし)く ことも忘れて・・・」→”貧乏な人は、かまどは火の気がなく、飯を炊くのも忘れて”…という実態があった。
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