昨日は休みだったので、隣の三重県名張市まで行ってきました。なんとなくリサイクルショップに立ち寄り古着を見ていました。服には結構こだわっている僕ですが、実は去年まで古着にはまったく興味がありませんでした。知らない誰かが昔着ていた服というだけで無理でした。ですから服は全てが新品で、アクセサリーですら中古の物は買ってもすぐ使わなくなるので、中古品はもう買わないことにしていました。
しかし、今年は新品とか言っているほどお金の余裕はなく、何かいい物はないかと古着を見ていました。結局買わずに店を出ましたが、古着でも、いいな欲しいなと思う服が何着かありました。このように、こだわりを持っているだけで視野が狭くなり、考え方が偏ってしまうことが多々あります。それだけで人生を損している気がします。
以前この日記にも書いたように、成長とはこだわりを捨てていく作業のことであるという考え方があります。何かに固執し停滞し続けるのではなく、一度こだわりを打破し、次に現れる一回り大きいこだわりを打破し、さらに現れる一回り大きいこだわりも打破し、これを続ける。そしてどんどん考え方を広げていくということでした。では、人はなぜ物事にこだわりを持つようになるのでしょうか。生まれた時や幼い時にはこだわりなどなく、成長し色んな情報を得ることでこだわりを持つようになります。例えば、音楽に関する知識が増えれば増えるほど、音楽に対してこだわりを持つようになると思えます。逆に、芸術家などはこだわりがなければ仕事としてやっていけない気もします。
ではこだわることは必要なのでしょうか。そのこだわりがなくなると無になるという仏教の教えは何を目指しているのでしょうか。分からないことが多すぎます。