福祉ジャーナリストの安藤です。
春を呼びこむ?大雪で青梅マラソンは中止になっちゃいましたけれど、みなさんスポーツしてますか〜〜〜
〝健全な肉体には、健全な精神が宿る〟と体育では言いますけれど、今日は体育ではなくスポーツと健全な生活の話です。
先週、八方尾根スキー場(長野県白馬村)で開催されたジャパンパラリンピックスキー競技大会(アルペン)を取材してきました。
〝ジャパンパラリンピック〟はパラリンピックで活躍できる選手を育成する目的で開催される国内最高峰の競技会です。スキー(アルペン、クロスカントリー)、スレッジホッケー(アイスホッケーの車いす版)、アーチェリー、陸上、水泳の各競技で毎年開催れています。今回のアルペンは長野オリンピック女子滑降コースを使用。まさに国際レベルの大会です。出場選手にもワールドカップや世界選手権、そしてパラリンピックなど、国際大会で表彰台を狙える人たちがたくさんいます。
ところでスキーって道具は多いし、移動や宿泊もあるから大変、費用もかかると敷居の高いイメージが強いもの。そんなスキーを選手達はどうやってしているのでしょうか。
まずスキー場は積雪がありますから完全なバリアフリーは期待できません。それでも駐車場からすぐに滑ってゲレンデへアクセスできるところなど、チェアスキーでも便利なスキー場はたくさんあります。リフト乗車は、チェアスキーでも用具の機能としての問題はなく普通に乗れます。ただ係員にチェアスキーへの理解や接客経験があると安心して補助を頼めます。ゲレンデで一番問題になるのはトイレです。これは〝どこでできるか〟事前に調べておく必要があります。立位で滑るならバリアはそれほど気にならないでしょう。(むしろ滑るテクニックのバリアが・・・)
選手たちは移動や宿泊も一人でこなしちゃいます。自分でハンドルを握り運転し、ホテルへチェックイン。入浴そのほか、自分たちでちゃきちゃきとやっています。そして費用も自分で稼いだり、トップ選手になればスポンサーから援助を受けていることもよくあります。
車いすユーザーや肢体切断などの身体障がい者、軽度の知的障がい者など選手たちの障がいは多様です。そんな障がいのあるスポーツ選手達が、どうしてここまで自立してスキーや生活をできるのでしょうか? 福祉施設、授産施設などを知っている方ほど〝特別なケース〟と思うかもしれません。しかしこれは、ちっとも特別なことじゃないのです
そのヒントがじつはスポーツにあるのです。
身体障がいがあると、それをいかにして補うかが〝自分で暮らす〟ためのポイントになります。自分にマッチした補装具(義肢、車いすなど)や支援機器(パソコン、コミュニケーション機器など)、移動手段(自動車の運転補助装置、バリアフリーな経路の確保など)、人的介助(ボランティア、協力者など)を整え、生活する環境(自宅や職場)のバリアも排除します。これらは〝技術的〟にはすでに実現されていることですが、取材をしているこの支援技術を限り使いこなせている障がい者はまだ少ないという印象があります。
なぜなのか
その人にマッチした支援プランを横断的にコーディネートできる専門家がごくわずかしかいないためです。医者は治療の専門家だから暮らしを見据えた支援方法については素人。理学療法士や作業療法士についても、ケガのリハビリではなく、障がい者の自立生活について臨床経験と知識が豊富な人はとっても少ないのが現状です。障がい者団体にしても、稼いで自由自在に生活している会員が少ないので経験的な情報をそれほど持っていません。じゃあ特別支援校はといえば、熱心な教師の〝個人的なノウハウ〟と巡り会えればラッキー。各校のケースについて横断的なアーカイブさえないの教育界が現状ですから、学会で事例を知れる医療界よりも遅れています。
当事者が相談できる専門家が不在なのです
こうした状況で、とっても頼もしいのがスポーツ団体です
パラリンピック選手たちを取材していると、彼らの生活力にはとても驚かされます。スポーツで世界を目指すにはとても費用がかかります。1回の海外遠征で数十万円。それを年間数回こなしていますが、ほとんどの場合は費用を自己負担しているのです。
ということは、選手たちは生活費に加えて、スポーツの費用を稼ぎ、また大会や合宿で仕事を休んでいる期間の生活費も用意し、配偶者や家族の〝自分だけあちこち大会に行ってズルイ!〟という批判を押さえ込むだけのマネーも積み上げる、すごい稼ぎ人なのです。
なぜ稼げる=自立生活ができるのか?
それはスポーツで知り合った先輩から後輩へ、〝自分で生活する〟ために必要なノウハウが伝承されているからです。
どんな車いすなら自由自在に走り回れるのか?
どうすれば就職できるのか?
どうすれば車の運転ができるのか?
・・・・・どうすれば恋人をつくれるのか?
選手達は口を揃えて言います。
「障がいがあってもたくさんことができると体育館で知りました」
体育館とは各地にある障害者リハビリセンターのことです。車椅子バスケットボールなど、スポーツチームの多くがここを拠点に活動しています。そして入所していたときひまつぶしにのぞいた体育館で同じ障がいの〝先輩〟に呼び止めら、いろいろなアドバイスを受けるようになるのです。センターの正式なプログラムもありますが、体育館や打ち上げ会場のファミレスで提供されるインフォーマルな自立支援プログラムを頼りに自立生活するための環境を整えていくわけです。
あくまでもインフォーマルなことですから、だれもスポーツをすれば生活できるなどと教えてはくれません。選手達も体育館での偶然な出会いがあったからスポーツができる=ゆとりある暮らしをするための方法を知れたのです。
ですから、子どもたちにはスポーツをすすめたい。親よりも先生の言うこと、さらに先生よりも同じ障がいのお兄ちゃんお姉ちゃんの言うことに子どもは育てられるでしょう。かつての日本にあったガキ大将ヒエラルキーとでもいいましょうか、そんな互助プログラムがスポーツにはあるようです。