米国で相次ぐ“腰パン”禁止条例 賛否両輪「比重間違ってない?」

「クール」なのか、それとも「だらしなく、みっともない」のか−。米国でここ数年、ズボンをずり下げるファッション“腰パン”(SAGGY PANTS)を条例で禁止する自治体が相次いでいる。腰パンが「風紀を乱す」とみなしたためだが、異論も噴出しており、議会に提出された条例案が否決されたケースもある。(米東部ニュージャージー州ワイルドウッド 黒沢潤)

【フォト】真っ赤な下着を露出するニューヨークの男性

 白砂の美しいビーチが数キロにもわたって続く街、ワイルドウッド。米東部でも歴史の古い有数の観光地として知られ、年間約900万人の観光客が訪れるこの街で7月上旬、腰パン禁止条例が施行された。

 条例によれば、ビーチに隣接する遊歩道でズボンを腰より3インチ(約8センチ)下げ、下着を露出しながら歩くと、最大で200ドル(約2万円)の罰金と40時間の社会奉仕が科される。

 「下着が清潔か汚いかは別として、市民はそんなものは見たくない。ビーチは家族連れも訪れる場所だ。若者らには小さな子供たちに良い手本を見せてほしい」。ビーチに隣接する派出所で勤務する警察官(21)はこう強調した。

 アーネスト・トロイアーノ市長も「お尻を出して歩く傍若無人の若者への市民からの苦情を聞くのに疲れた」と、条例成立に至るまでの背景を説明した。

 条例に賛同する市民は多い。遊歩道に設けられたビーチパラソルの下で涼んでいたムハ・アミーさん(71)は、「私が子供だった1950年代にズボンをずり下げて歩いたら、親から間違いなく殴られた。帽子は斜めや後ろ向きにかぶってはならず、シャツの裾もズボンにきちんと入れるべきだと今でも思っている。16人の孫にもそのように教育している」と強調。その上で、「孫娘のボーイフレンドが腰パン姿で現れたら、これだ」と右手で首をかき切るしぐさを見せた。

 一方で、「自分がしたい格好を遊歩道でできないのは、ちょっと不満だよ…」とこぼす若者(20)もいた。遊歩道以外では腰パン姿で歩いているという。

 米国内で今年に入り、腰パンの禁止を打ち出す自治体が相次いでいる。

 南部ジョージア州モートリーでは6月に禁止条例が成立した。違反者には最大で400ドル(約4万円)の罰金が科される。南部ルイジアナ州テルボンパリッシュでも、4月に条例が成立した。1回目の違反には50ドル(約5千円)、2回目は100ドル(約1万円)、3回目は100ドルの罰金と16時間の社会奉仕が科されるという。

 腰パンは、刑務所内で囚人が凶器や自殺用具にもなるベルトを取り上げられ、囚人服をだぶだぶの状態で着たことが発祥とされる。90年代にヒップホップ系ミュージシャンを通じて黒人の若者層を中心に流行。今では人種を問わず、人気のファッションの1つとなっている。

 ニューヨークのメトロポリタン美術館コスチューム研究所の職員、アンドリュー・ボルトン氏(47)は腰パン文化の隆盛について、「米社会の保守的な倫理観への挑戦」とみる。

 腰パンをめぐっては、批判ではなく、単に「目のやり場に困る」と口にする人もいる。ニューヨーク在住の男性(45)は最近、地下鉄の車内にいた20代後半の腰パン姿の男性が降車しようとした際、ズボンが床にするりと落下するのを目撃した。「青年は赤面していたが、こちらだって、吹き出すのを懸命にこらえたよ」と振り返る。

 米国ではここ数年、若者の就職事情が厳しいが、「身だしなみがしっかりした生徒と、腰パン姿をすることが多い生徒のどちらが就職に有利か?」と、腰パンをやめるよう生徒たちに呼び掛ける学校もある。

 腰パンが逆風にさらされる中、禁止条例の相次ぐ成立に異論を唱える声も少なくない。

 ルイジアナ州の米自由人権協会(ACLU)所属の女性弁護士、マージョリー・エズマン氏(58)は「私はミニスカートの丈が短すぎるとして、怒られた世代の人間だ。また、弁護士を始めたころ、(保守的な風潮のため)女性の私は法廷でズボンをはくのを許されず、通常のスカートをはいた。だが今はそんな時代ではない。自治体は市民が何を着るべきか決めるべきではない」と話す。

 米国では、ベトナム戦争時の60〜70年代、反体制の若者らが髪を肩まで伸ばし、年配層から眉をひそめられた時代もあった。30〜40年代にさかのぼれば、だぶだぶのズボンと長めの上着を組み合わせ、ダンス会や誕生日など特別な日に着る「ズート・スーツ」も批判の対象となった。しかし、今では大きな批判は起こらない。

 ルイジアナ州の週刊紙、ルイジアナ・ウイークリーは、警察が腰パンを取り締まる余裕があるなら犯罪を摘発すべきだとし、「比重のかけ方が間違ってはいないか?」と疑問を呈する。

 「『ファッション・ポリス』はいらない」=ワイルドウッドの衣料店店員、ルイス・ゴンザレスさん(22)=といった声も上がる中、北部ウィスコンシン州グリーンベイの議会では7月下旬、禁止条例案が否決されるという事態も起きた。「条例成立後、今度は破れたジーンズも取り締まるのか、といった厳しい批判もあった」(関係者)ためだ。

 腰パン禁止条例に賛否両論が渦巻く米国で腰パン論争に“参戦”した政治家がいる。オバマ大統領だ。

 大統領は基本的に条例を制定することには否定的だ。しかし、2008年大統領選時のテレビのインタビューでこう答えている。

 「“兄弟たち”よ、ズボンを上げろ。あなたたちは母や祖母と歩きながら、下着を他人に見せるのか。一体どうしたというのか? あなたたちの下着など見たくない人は多い。私もその1人だ」

 ■米国の腰パン禁止条例 これまでにルイジアナ州やジョージア州、ミシシッピ州、イリノイ州などの少なくとも16自治体で条例が成立している。ジョージア州オールバニでは2011年、違反者のべ187人から計3916ドル(約39万円)の罰金が徴収された。ルイジアナ州ボガルーサでは今年7月下旬、“腰パン”姿の男(25)が、極度に酔っ払っていたこともあり逮捕された。フロリダ州やアーカンソー州の公立校では腰パンが禁止されており、違反者は数日間の通学停止処分となる。ニューヨーク州では10年、州議員が腰パン・撲滅キャンペーンで「ズボンを上げろ。あなたのイメージも高めよ」などと訴え、話題となった。