全5回企画「女性のためのメンター養成講座」、今日で3回目を向かえました。
メンターってなんでしょう。
私は初耳・しろうとですが、連続講座を聴きながら自分なりに色々考えてみるきっかけになりました。
「Don`t think, feel」、「聞くではなく聴くこと」など、
メンターの定義や技術を聴きながら思われたことは、
何故こういうメンターが生まれたかという「メンターの存在意義」でした。
メンターが必要とされるのは、
自分の心の話を聴いてくれる誰かが欲しかったからではないのか。
自分の心を開けてあげる、又は聴いてくれる相手がない、私達はそんなコミュニケーションのない世界の中で住んでいるかもしれません。
こんな悲しく思われる世界でメンターの重要性への意識が広がるのは同然ですね。
時間を売って奪われて、時間のスレーブになり、時間に追われる。でもその意識さえせずに生きていく、主人公はその時間を取り戻すために頑張る、っていう小説「モモ」が思い出します。
子供の頃は楽しく読んでいた物語が、大人になってから恐ろしく、また悲しく感じます。
私は、あなたは今自分の心の流れを自覚しているのでしょうか。
数えない悩みや疑問を、自分の心に向かってジックリと考えたことがありますか。
でも、今日の3回目の講座を聴きながら新しく気づいたのは、
自分一人で考えて解決できないことが増えつつある、ということです。
個人的には手を触れない現代社会の巨大さが感じました。
個人と社会の矛盾に対して、メンターはどれくらい役立つのでしょうか、これから観察・期待してみたいです。