「祖国の味『安く』 食通じ共生の試み 可児の農家がブラジル野菜を栽培」
(中日新聞・岐阜版 9月2日)
在住ブラジル人に祖国の野菜を食べさせてあげたいと、美濃加茂市の県中濃地域農業改良普及センターの支援を受けた可児市の農家が、ブラジル野菜の栽培を始めた。早ければ九月中にも、JAの農産物直売所の店頭に並ぶ。在住ブラジル人も「安くブラジルの野菜が食べられるのは、とてもうれしい」と歓迎。食を通じた新たな共生の試みに注目が集まりそうだ。
現在、可茂地区周辺には、約一万人のブラジル人が居住。年々、定住化の傾向が強まっているものの、本国で出回る野菜をブラジル人向けの店などで買おうにも、入手しにくいのが現状だ。ズッキーニ、レッドビートなど、日本産や缶詰で代用できる野菜もあり、在住ブラジル人が栽培する野菜を口コミで買うことができる一方、全体には流通量が少なく、高価な品目も多い。
同センターが在住ブラジル人に聞き取り調査したところ、「ブラジル料理では、野菜をたくさん使う。高価な品に頼ることはできない」との回答が寄せられた。
ブラジル野菜を扱えば、売り上げ増はもちろん、直売所の活性化など、波及効果も期待できる−。そんな同センターの発案に、可児市渕之上の市認定農業者、伊佐治昭男さん(65)と妻の民子さん(60)も共感、「ブラジル人の消費者に喜ばれ、それが食文化を通じた交流につながるなら」と生産を引き受けた。
在住ブラジル人を通して種を入手するなどし、七月下旬、約四百平方メートルの農地にケールやナス、クレソン、イタリアンパセリ、レタスの五品目の苗を植えた。どれもブラジルで流通している種類で、いためものや、魚、肉の味付け、サラダ用。ケールを皮切りに九月中にも、可児市のJAめぐみの直売所「可児味菜館」で発売できそうだ。
可茂地域で、最近目立つのが、共生に向けたこうした実践的な試みだ。飲酒運転撲滅を目指すため、加茂署長らがブラジル人が多く働く企業に出向いて実施した交通安全指導、美濃加茂市教育委員会主催のブラジル人小中学生向け進学ガイダンス、大阪外大と市民グループ「ブラジル友の会」の連携による学習支援教室など、ほかにも注目すべき活動がある。講演会やシンポジウムを繰り返し、学校現場での対応など、一部を除けば、独自の施策を打ち出す傾向が乏しかった従来の態度から、変化が生じつつある。
ブラジル野菜の栽培を仕掛けた同センター技術主査、魚住雅信さんは、軌道に乗り、新たに種苗が入手できれば、ブラジル人に人気のナス科野菜「ジロ」など、さらに品目を広げたい意向。「売り場には、レシピも掲示する。日本人にもブラジル野菜を食べてもらいたい」と話している。
外国人を同じ生活者、同じ地域の隣人とみる、こうした活動は緒についたばかり。地域でのコミュニティー政策が全国的な課題となる中、たとえ小さな試みでも、山積する課題に向けた柔軟で、起業家的な発想が、将来の共生社会を養育することになる。
(井上昇治)