とがびレポート60〜教師抜きのパネルディスカッション「とがびの残したもの」

Nプロジェクト実行委員会代表の中平です。2004年度、私がとがびを始めた時、是非やってみたいことがありました。それは、中学生による美術についてのパネルディスカッションです。教師が美術教育を論じることは多いのですが、中学生に「こんなアートが見たい」「こんな展示をやってくれたら美術館に行ってみたい」などという場はありません。とがびで中学生が育ったら、やってみたいなあと思っていたパネルディスカッションが、メガとがび2009で実現しました。
中学生キッズ学芸員代表のTさん(戸上中3年生)、とがび卒業生で現高校美術部長の小林君、3年生のお父さん、作家・住中浩史さん。司会は美育文化編集長の穴澤さんです。先日、司会をやってくださった穴澤さんが、メイリングリストに、レポートを掲載されましたので、その文章を掲載いたします。

9月20日土曜日は絶好の行楽日和。
新幹線の車窓からは、浅間山がたおやかに裾野を拡げていた。
「いいな、信州は…」ナンテ旅情も束の間、すぐ上田に着いちゃった。
目指す「戸倉」は、上田から、第三セクターのしなの鉄道に乗り換え
4つ目。

駅前の光景は、死んでた。
数台のタクシーがルーフの甲羅干しをしてるだけ。
これはおそらく、駅前に客がいるからではなく、他には、乗客を期待で
きる場所がないためだろう。
でも、昨今の地方都市とか、昔からの観光地というのは、おおむねこん
なもんだよ。
『荒野の七人』のセットのような駅前の一本道を5分ほど歩くと、
おお、突き当たりに目的にカンバンがあるじゃない。

 なになに、「びが、とがめ」って書かれてる。??

「美が咎め」だって、???
うそ、うそ、これは意地悪く、ぼくが逆さ読みした。
カンバンにくっきり書かれていたのは、

 「メガとがび」の文字

千曲市立戸倉上山田中学校で開かれた「メガとがび」の会場に着いた。

 □ □ □

「メガとがび」あるいは「とがび」については、
この MLのメンバーは、おおよそはご存知ですよね。

それは、長野市立櫻ヶ岡中学校の中平千尋先生が、
まさに獅子奮迅の活躍によって企画・運営されているアート・プロジェ
クト。

ここには、この国の美術教育の先進的な試みであり、様々な課題や提言
がどっさり積もっている。
つまり、語るべきことが山ほどあるってことだろう。

だけど、その展示の詳細について書くことは、ここでの目的じゃない。
それは、いずれ、中平先生か、あるいは、他の MLメンバーから
報告があるかもしれないという気がするからでもあるけれど
(すでにあったみたい、ぼくが遅くてすみません)、
じつは、もうひとつ理由があります。
それは、これらの一連のプロジェクトについて、
ぼくが編集してる「美育文化」で、中平先生自身にバッチリ書いていた
だいてことになっているから。
掲載は11月なので、もうじき。
これは、2年越しで進めてきた企画。
中平先生には、すでに入魂の原稿が届いていて、今はその細部を見直し
ていただいている段階です。
でもでも、この先は内緒。これ以上は書きません。

そこで、ぼくが報告したいのは、当日行われたパネルディスカッション
について。
まずはパネルディスカッションのメンバーを紹介しないとね。

パネラーは4人。
まずは、上山田中学校の3年生で美術部長のTさん。
Tさんは、小学生のころから「とがび」にあこがれていて、
中学生になったら、ぜひともキッズ学芸員になりたいと思っていたとの
こと。

つぎに、丸子修学館高校3年生のK君。
K君は、上山田中の卒業生で、在学中は、どっぷり「とがび」にはまっ
ていた。
高校でも美術部に入り、関西の美術系大学への進学がすでに決まってる。
長身イケメンの高校生だ。

そして、3人目は、保護者のDさん、Dさんは、やかり同中学校
に卒業生で、
3年女子ののパパ。爽やか系のオトーサン。

それに、3年前から、「とがび」関わっているアーティストの住
中浩史さん。
そして、司会は、私がやりました。

ところが、打ち合わせの段階で、緊急事態が発生。
な〜んと、住中さんが、渋滞に巻き込まれてしまって、間に合いそうも
ないとの連絡が。
住中さんは、車を乗り捨てて、電車でこちらに向っているとのこと。
これは弱った。
なんとなく、構想していたディスカッションの構図が崩れてしまうじゃ
ないか。
でも、住中さんが、必死で会場に向っているというところにリアルな感
覚が感じられた。
あらゆるものごとは複綜的に進行している。
こういう予測しえないことが発生するというのも、
アート・イベントという生きてる現場の特性かもしれない。
そこで、住中さんのケータイに頻繁に連絡を入れ、
逐一現在地を報告してもらうようお願いしてとにかく、ディスカッショ
ンをスタートさせた。

冒頭は、型通り、Tさん、K君、保護者のDさんの順番で発言しても
らった。
私は、保護者のDさんには申し訳なかったけど、
このパネルのキモは、Tさん、K君の二人だと、決めていました。
だって、どう考えたってそうじゃない。
現場の先生や関係者が「このような意図で、こんはことをし、その結
果…」というのは、
いつでも聞けるし、そういう場はそれなりに保障されてる。
生徒や卒業生の声が聞けるというのは、こういう機会しかない。

思った通り、Tさん、K君の発言により、テーマはすっかり出そろって
しまった。
今、ぼくがその内容を整理してしまうと、
そのときの言葉の魅力が、みるみる色褪せてしまうので、なんとも歯が
ゆいのだけれど、
「アートは人を繋ぐもの」
「とがびによって自分が認められるという感覚を味わえた」
「とかく学校だけのものだった美術が地域の人たちに拡がっていった」
「つくる楽しさに加え、見てもらうことの喜びを感じられた」
などという、重要な論点がすっかり揃った。
保護者のDさんも、そういう発言をゆったり受け止めてくださった。
こうなると、司会者としては、苦労して話の流れをリードする必要もな
くなってきた。

じつはTさんの後ろにには、Y君、Sさんという二人の副部長が応援団
として控えていたので、Y君に発言をうながした。
「応援団からも、ひと言、言ってもらわないといけないね。Y君はど
う?」
「はい、あのう……、でも、その前に、ひとつお願いしたいことがある
んですが…」
「なあに、はっきり言っていいよ」
「……あのう……トイレに行ってきていいですか?」

Y君には悪かったけど、これには笑った。
でも、なるほど、そうだよな、中学生がこういう場で発言するは緊張す
るだろう。
Y君が席を立っている間は、もう一人の副部長のSさんがきっちりフォ
ローしてくれた。

開始から30分以上たったころ、
住中さんが、今、戸倉駅に到着、との報せが入り、その10分後に
住中さんがようやく到着された。
休む間もなく、アーティストの立場から見た「とがび」について話して
いただいた。
住中さんのお話しは、アートがいかに日常を活性化し、人々の発想を転
換させ、
地域や世界に対する見方を変容させていくという、壮大で力強いもので、
また、そのような美術教育が、教育の中核にならなければならないかを
力説された、
これによって、途端に話しに厚みが出た。
でも、その分、話題は多少拡散し、難解にもなった。

そこでもう一度、Tさん、K君に発言を引き戻し、
「とがび」を、そのときだけの「イベント」で終わらせてはならないこ
となどについて語り合った。

こうして、1時間半のディスカッションは、瞬く間に終わってし
まった。
私は、このディスカッション「メガとがび」についての批評や反省とい
う意味ではとらえてくない。
それは、まさに「メガとがび」という流動的な出来事の一部だったのだ
と思う。

企画してくださった、中平先生はじめ参加者のみなさん、
とりわけ、Tさん、K君、そして、応援団のY君、Sさんにお礼を言い
たい。