第一回 オープンカレッジ やや詳細

みなさま、第一回オープンカレッジレポートをお送りします。

じつは、このレポート2度目の書き込みです。1回目は2時間くらいかけて書いたものが、保存せずに確認ボタンを押すと、消えてしまいました。悲し〜。
みなさん書き込みの際はご注意ください。

さて、気を取り直して2度目の書き込みです。

第一回オープンカレッジは愛媛大学の教育学部の教室をお借りして開催されました。
構成は第一部が徳永さんの講座、第二部が参加者によるディスカッションでした。
徳永さんの講座では「究極のコミュニケーションとしてのアート」というテーマで、歴史的な視点を通して、アートの流れと社会との関係の話をしていただきました。
まずは、「アート」という言葉の意味の変遷から、
能(芸能)の精神論を著した世阿弥の「風姿花伝」や、地方に伝わる伝統芸能などの紹介があり、芸能(アート)とオーディエンスの発生と関係についての話がありました。
また、オルタナティブなものとしてのアートとして、モーツアルトとピーターブルック、印象派の巨匠モネが紹介され、当時の評価と今の評価、当時の社会の受け入れ方などの話があり、評価の時代性などの説明がありました。
つづいて、中間支援としてのあり方の変化、市民・行政へと受け継がれていく話。
さらに現代では、ダダイズム、反芸術、フルクサスや、読売アンデパンダンなどの作品紹介などをしながら、アートの表現方法の変遷と広がり、アートの境界の曖昧さ、評価の問題など、今後の講座に引き継がれていく内容になりました。
「本来なら5回分の講座の内容をまとめました」とあとから徳永さんは話されましたが、内容の濃い充実した講座になったと思います。(徳永さんありがとうございました

第二部は参加者によるディスカッションとなりました。
はじめにコーディネータの田中さんより「落書き(グラフティ)はアートか」という議題がだされ、二人組みのグループにより話し合いがなされました。
話し合いの後は発表となりましたが、参加者のみなさん、緊張するどころか堂々と自分の意見を発表し、非常に盛り上がりました。
発表後の全員によるディスカッションでは「アートとはなにか」という根本的な話から「アーティストのアーティストとしての自覚」や「アーティストが作るとアートになるが、一般人がレベルの高いものをつくったらそれはアートといえないのか」など突っ込んだ内容が話され、さまざまな意見が出され、会場が熱気に包まれました。
その後、「行政の支援のあり方」にまで、話が進んだのですが、残念ながらそこで時間切れとなってしまいました。
しかし、一度の講座で、この「アートという難題に落ちが着くはずがない」というのは、我々も「想定済み」でして、この日話された内容は、次回へと引き継がれていきます。

さて、次回は松山大学の2号館で12月17日(日)の13時からはじめます。直島から秋元さんがお越しになります。楽しみにお待ちください。
第2回オープンカレッジもメンバー一同みなさまのお越しをお待ちしております。
では。