Roland Gebhardtさんは、地元マンハッタンの南の
尖端部に住む−Rebuild Downtown Our Town-の発足
当時の主要メンバーの一人。
建築デザイナーのみならず、WTC関連の誠実なる良識の
源として、そしてオピニオン・リーダーとして一生を捧げて
いくというはっきりとした生きざまのようなものを発散させ
ていました。
初老の方とお見受けしましたが、内面のガッツを失って
いないなっ!と感じました。
−web上でいろんな情報は取れますが、各団体が横並びで紹介され
ているだけで、実際どのように機能しているのか?
そのあたりに焦点を当ててみました−
(細かいレポートは、いずれS・D・Fundのほうで紹介されるとおもい
ますので、そちらを見てください!)
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Lower Manhattan=Lower Downtownの特殊性;
南の尖端部という地理的な位置のために、たとえばバッテリィパークは、
市。トンネルは、港湾局。WTCは、港湾局管理、持ち主は民間企業。
そしてマンハッタン自体は、ガバーメントレベルで。
管理上で複雑に入り組んでいます。それをどううまくまとめていくのか?
そこに困難さが存在する。
そのため一時The Civic Alliance(公民とそれぞれの団体の掛け橋となって
関係を推進している傘の役目をしています)との距離が離れていった時期もあったが、
5年を過ぎて再びその存在が再認識されてきているとのことです。
……古くからあるというカフェレストランでかれは、
スカンピを赤のワインで流し込みつつ静かに語り始めた……
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9・11の事情について;
まず救助あるいは危機対策などは、公的機関が従事し
とても被害者の支援までは、手がまわらなかった。
被害者の支援については、民間同士でまず動くというのが本来のカタチだ。
どんな事故においても新しい体験というものがあり、過去に例を求めて
参考にするというのは、できないのではないのでしょうか?
驚かされるのは、新しいアイデアが出てくるという事です。
この度の事件では、遺族そして負傷者の家族が、塵煙と瓦礫の中で身を
こなにして活躍していただいた消防士、警察官、etc.に お礼の礼状
を書いて送ったことです。
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再開発をすすめていく際の問題点;
メモリアルなモニュメント作りとして進めるなかで
遺族家族のうちで、自分たちが歴史を背負っていくような特権が
できちゃった。市民の中で、ある一部の感情で作られていくのは
いけないという意見がわき上がって、社会から隔離状態に陥った。
公的なメモリアルイヴェントとプライベートな動き
を認めていくということの二つを、注意深くハンドシェイク
させなければならない。
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感情の捉え方;
悲しみの種類を区別して認識する。
一般論として、-Pain-
①消失感を感じてなにかを埋めてほしい悲しみ。
②つらいことに耐えていく悲しみ
①フィジカルな悲しみ
②エモーショナルな悲しみ
この2つの全く違った悲しみを区別して考える。
そして総括してまとめていく。
それが大切な事なのではないのでしょうか?
「メモリアルなモニュメントを考えていく上で、そのモニュメントに感情面での
ニーズ
the Emotional Needs
を込めなければダメ!」
静かに力強くローランさんは、こう締めくくりました。
インタビューの翌日、WTCの現場に行きました。何か
今までとは違ったアングルで風景を眺める事が出来ました。
よかったです。
文責;今井裕
(日本には、こんなタイプのご老人見たことない!m(__)m!)