仲間内での四方山話。
昨今、「園芸福祉」というものが大阪府下のあちこちではじまっているとのこと。
例えば施設で暮らす障害者が花壇や畑に出て土に触れ、植物を育てる。そのことで生活の中に喜びやまた新たな一面を見出していくというようなこと(浅薄な知識なので間違ってたらゴメンナサイ)らしい。
施設でかかわっている職員さんが利用者さんの表情がいきいきとかわっていくのに驚いているという。
そりゃそうだろ。
障害者だって,もちろん健常者だって毎日同じところに閉じ込められて何の刺激もない生活を送ってたら生きる力なんてわいてこないわなぁと思う。
状況的にしんどいといわれる大阪の福祉作業所。
介護が大変。人手がない。補助金が切られる。仕事が厳しい。。。なんでも言うのはタダ。
でもいくつかのところでは利用者一人一人の生活をふり返るという原則的な取り組みから当事者のやる気を引き出していっているところがある。また「障害」という看板にすがることなく、社会の一員としての自覚を持って働いているところもある。
ホントに大変だろうけど元気だ。脱帽。
ある人が言ってた。
養護学校(今の支援学校)を卒業した障害者が一般就職をしたいと大人になってからもう一度自分で勉強をはじめた。
『勉強ってこんなに楽しいんだ』と言ったという。
学校で与えられなかったモノがそこにある。
無責任に批判するつもりはない。
でも障害者の生きる力を奪ったり世界観を狭めているのは誰の責任かははっきりしている。
「障害」=「できない」「ハンデ」「保護」・・・
今社会の中でおこっている様々な取り組みや試みはそんなわたしたち健常者への“気づき”にならなければならない。
「障害者の人権をどう考えてるんだ」
そういうことを言っている人こそどう考えてるんだと思うときがある。
ボクたちのNPOは常勤の「障害者」がいない。運動思想のNPOではちょっと珍しいところだ。
だからこそ自分たちの価値観をどこに持つのか。これが問われる。
※昨夜いただいたNPOフェリスモンテさんのお弁当。実においしかった。時折いただく友-友の小林さんのとこのお総菜も実によい。何がよいと言って「やさしさ」を感じる。食べることへの感謝の気持ちが持てる。こういうものを食べると自分のつくる料理がいかに粗雑かがわかる。こういうものがつくれるようになるまではがんばらないといけないと思った。
あわづ