「脳内汚染』岡田尊司著 より (文芸春秋)

著者は現在、京都医療少年院に勤務。
精神科医・医学博士・哲学科中退・医学部卒業
高次脳科学、脳病態生理学研究。
精神臨床の最前線で若者の精神的な危機と向かい合っている。

*あらゆる動物には同種のものを殺害することに対する
 強い抑止がかかる仕組みがプログラムされている。
 同種間の殺害行為は人間だけでなく
 あらゆる動物にとって強いタブーなのである。
 第2次世界大戦中の戦闘員についての
 軍事心理学的な研究によると
 狙撃兵の1割5分から2割のものしか
 露出した敵に対して発砲しなかったという。

*アメリカ軍は軍事訓練にシミュレーション・ゲームを
 採用している。〜中略〜
 それはシミュレーターというよりも
 アーケード(ゲームセンターの意)・ゲームそのものになっている。〜中略〜
 その顕著な成果の1つはこうしたゲームによる訓練を受けた兵士は
 敵に対して発砲することに躊躇しないことだという
 これまでの訓練では新兵の半数以上は実際に敵に遭遇しても
 相手を殺戮することに本能的なブレーキがかかった。
 発砲して敵を殺すと強い吐き気を覚えるなどの反応が起きたのである。
 ところがシミュレーション・ゲームにより敵を殺戮することを訓練すると
 9割以上のものが躊躇なく敵に向かって引き金を引き
 しかも相手が倒れても動揺することがないという。

* このように攻撃的行動は『学習』されるだけでなく
 ゲームという仮想的な訓練によって人間に本来備わっている
 攻撃性を抑制する機能さえも解除してしまうのである
 ただの遊びと思われていることが実は行動の安全装置を
 外すという深刻な結果を引き起こしたのである。
 ただ無邪気な子どもたちが刃物で人を殺めることも躊躇しない殺人鬼に
 いきなり変貌してしまうわけではない。
 そこに至るまでにはそれなりの長いプロセスがある。

* 暴力的な映像にさらされることによるもう1つの影響は
 世界や人間というものを過度に悲観的に醜く、危険で
 希望のないものとみなす傾向を植えつけてしまうということである。〜中略〜
 いくら教育が学校で人間や世界への肯定的な見方を学ばせ
 子どもに希望を持ってもらおうとしたところで
 日々垂れ流されている映像がそうした努力を台無しにしてしまう。
 これは子どもの心に対する暴力であり虐待に他ならない。

*イギリスの研究者らはPETという測定方法を用いてビデオゲームを
 プレイしたときの脳内のドーパミン放出を調べそれが顕著に増加することを報告した。
 ドーパミンレベルの上昇は快感を引き起こしそれによってその行動を強化する。
 つまりその行動をもっとしたいと思うようになるのだ。
 その結果依存形成にも関与することが知られている。
 例えばコカインや覚せい剤の投与はドーパミン・レベルの
 上昇を引き起こすのである。この実験が示していることは
 こうした麻薬の投与を行わなくても麻薬を投与したときと
 同じ現象が脳に起きたということなのである。

*努力もなしに長時間続けたくなってしまう活動は
 何らかの嗜癖性があるということである
 ことにそれが特別な人にだけ当てはまるというのではなく
 何割もの子どもたちにあてはまるゲームは
 明白な嗜癖性を示していると言える。
 やると心地よく、万能感的な欲求が満たされ
 苦痛を伴う努力もあまりいらないという構造の中で
 次第に精神的、身体的依存が形成されていくのである。
 考えてみればいくらでもやりたがること自体が
 自然なバランスのとれた活動とはいえず
 危険な兆候なのである。

*メディアは今や一大産業でありそれだけに大きな支配力を持つ〜中略〜
 世界全体のビデオゲーム市場はおよそ2兆円規模であるから
 日本のゲーム産業が4分の3のシェアを誇っていることになる。〜中略〜
 マスコミ関係者の多くからはゲームについて否定的な記事を載せることは
 躊躇われるとの話をよく聞く。そんなことをすれば重要な広告主を
 失うことになりかねないという。危険に誰もが気づいても
 それを表立って言うわけにはいかないという構図があるのだ。
 ビデオゲームに関する論文をほとんど検索しあらまし目を通したが
 その結果わかった事実の1つはビデオゲームの危険についての論文が
 海外では盛んに出されているのに日本の研究者の論文が非常に
 少ないということである。〜中略〜
 だがそうして問題がうやむやにされている間にも次々と被害は拡大している
 子どもたちの心や体は蝕まれ、人生の大事な時間が奪われていく。
 それは大人になって取り戻そうとしてもできない相談なのだ。

<小さなマルバルコウソウが咲いています>