哲学者 永井均さん 感覚を語る言葉を育てて

(「社会の闇が怖い」という高校生の質問に対して)
冷静かつ客観的に考えてみると、
事態はその逆かもしれない。
解決すべきさまざまな問題はあるとはいえ、
歴史的に見ても地理的に見ても、
今日の日本ほど安全で快適な人間生活が
保証されている社会は稀でしょう。
私たちはなんて運がいいのだろう、
と感嘆したっていいほどです。

ではなぜ、こんな意見があまり聞かれないかといえば、
こんな「能天気な」意見には
何の言説価値もないからでしょう。
無差別殺傷事件のような、
めったに起きない異常な事件が起きると、
多くの識者がそれが日本の現状を「象徴」する出来事で
あるかのように語り、穿った診断を提示します。
しかし、実のところそうした事件は何の「象徴」でもない、
単に例外的な出来事であるに過ぎない場合も多いのです。
ではなぜ、そのような言説が多く語られるかといえば、
そういう言説には商品価値がある
(露骨に言えば「売れる」)からです。
そういう種類の「社会の闇」のことも、
よく知っておく必要があります。

それでもなお、あなた自身が「社会の闇」に飲み込まれそうだと
本当に感じるのであれば、マスコミで作られた決まり文句に頼って、
あいまいな感覚に身を委ねていては駄目です。
その感覚を語る、あなた(がた)自身の新鮮で精確な言葉を、
自ら育てていく努力をしないと。
人間が作り出して行く闇を明るくできるのは、
それを内側から精確に語りだす言語の力だけです。

<オニユリはオレンジ色の花びらと黒紫色の斑点が特徴です>