THE BIG ISSUE 156号 その3

人生という贈り物 偶然から必然へ、命がけの跳躍 茂木健一郎より

ぼくは残念ながら世代的に間に合わなかったけれども
学生運動が盛んだった頃、ジョーン・バエズの歌声が
人々に与えたであろう感銘は何とはなしに想像できる

透き通った美しい歌声
「勝利を我らに」などのいわゆる「プロテストソング」を
彼女の歌声で聴いた事があるという人も多いだろう
数多い名曲の中でも、私が好きなのは
「ゼア・バット・フォー・フォーチュン」という曲

爆弾の下を逃げ惑う人々や、ウイスキーの瓶を手にした飲んだくれ
関係ないと思いがちだが、もしかしたら自分の運命だったかも知れない
だからこそ、彼らのことを忘れてはいけない
そう、ジョーンは訴えかけた

人間がある境遇で生まれるということは単なる偶然である
しかし、ある境遇で生まれてしまったらそれが自分の必然となる
偶然から必然への命がけの跳躍。これを「偶有性」という
「偶有性」は最近の脳科学において大切な概念となった
なぜならば脳は偶有性にこそ適応しなければならないからである

新生児の脳は生れ落ちてすぐに探索を始める
自分の体は一体どうなっているのか?どんな環境にいるのか?
そんな「冒険」のうちにいろいろなことがわかってくる
自分の親のこと、兄弟のこと、母の言葉、生まれた社会のこと、国のこと

偶然を必然として受け入れる。ここに人生という贈り物がある
不平を言っても仕方がない
自分がこのようなかたちでこの世に生を受けたということの不思議
何しろそんな個性は人類広しといえどもあなたしかいないのだから
そのことに心から感謝する。感謝から恵みが生まれる

その一方で他の誰でもありえたというヒリヒリした感覚を持ち続けること
ここに想像力というものに恵まれた人間ならではの矜持があるのだろう
他のみんなも偶然から必然への命がけのジャンプをしている
ぼく達は「跳躍仲間」。だからこそ、人間ってお互いに、本当に愛しい。

<デイジーはなつかしさを感じる花ですね>