生野照子・山岡昌之・鈴木真理(編)
・感情的「知性」の大切さ
多くの「いじめ」られている子は「いじめ」ている相手に好かれたいと
思っているんですね。
哀しいことに、どうすれば好かれるんだろうと,
そればっかり考えていると言うのです。
もちろん心の底には憎しみがあるんだけれど、今は好かれたい
好かれる自分になりたい、そうすればすべてがうまく解決すると思っている
で、それが「いじめ」る側をますますつけあがらせて、「いじめ」られる側は
どんどん自分を責めていく。
そして「いじめ」の悪循環、支配、被支配関係が強まっていくんです。
すべての場合ではないけど、外来で聞くかぎりはこういうケースが多い
だから、過去の「いじめられ体験」に苦しむ場合も、憎しみで苦しむより
自己卑下して苦しむのですね。
治療者は虐待の場合と同じく、まずは「あなたは悪くない」という話から
始めねばならないことが多い。
言い換えれば、そういう考え方をする他者優先的な子どもが
「いじめ」られやすいとも言えます
嫉妬や憎悪や怒りなどの感情は人の心に在るものです
現実世界では出口を塞がれているから抑圧するしかないわけですが
抑圧すればするほど心の内で膨れ上がり、暴発します
日本社会では「感情的」というのがけなし言葉として使われます
学校でも、感情を排して冷静に話をすることが求められる
でも、実は感情と無縁な思考などというものは存在しないし
感情と理性、感情と知性は対立するものではないと思うんです
マイナスの感情も含めて、自分の感情をはっきりと言葉にして
伝えることは極めて重要です
感情を表し、その結果摩擦と衝突が生じたとしても
その原因を議論することによって突き止めることができれば
相手への理解に繋がります。
他者への理解は、同意や共感から生まれる場合もありますが
反対や反感から生まれる場合もあるのです