子どものこだわり という気持ち〜

お元気でしたか。
3月に入っていますが 東京の今日は雪が降っています。
間があきましたが またここでお目にかかれて
よかった♪
人と人の「つながり」は いつでもあるのに
色がないし 目には決して見えません。
だから あることが不安にも なりますね。
でも つながって・・いました。有難うございます。

昨日は アバターを見ました。
人だけなく 自然と人とのつながりも 感じます。
その素晴らしいつながりを 壊しているのは 
人間の身勝手な気持ち。
もっと!を求めないで 今の幸せと
今あることに感謝したいものですね。

 たくさんのお母さん方も 目には見えませんが
それぞれ 何が子どものためになるのか
実践を続けています。 顔晴りましょうね〜♪
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こどもが 時々 取るに足らないような小さい事に
こだわることって ありませんか。

A君は すぐそばの おじいちゃんの家に行った帰りに、
一緒に送ってもらって 帰る途中
エレベーターのボタンを 自分で押そうと思っていたら
おじいちゃんが 押してしまいました。
そして 急に怒って おじいちゃんを思わず かさでぶってしまいました。
降りてからも もう1度。

でも A君は あやまりませんでした。
それで おかあさんは その話をしようとすると
A君は 目を伏せて こちこちになってしまい
反応しなくなりました。

おかあさんは「一緒におじいちゃんに 謝ろう。」と言いましたが
「あやまらない!」の一点張りです。 

とうとう おじいちゃんが帰る 見送りの時にも
出て来ないで 謝れませんでした。

お母さんは もう1度 Aくんに あとから話をしました。
Aくんは 下を向いたままなので
「お母さんの目を見て!」
下から見上げて 目線を合わせて 考えながら 言葉をかけました。

始めは こうするべき・・・論から
でも A君は こうしかったんだよね。
それから・・ でも たたくのは いい事かな?と言うと
A君は 「それは 悪いことだ」と。 わかっています。

「じゃ、電話で 謝れるかな?」
Aくん「できない。」
「メールで あやまれるかな?」
しばらく 時間を置いて
「お母さんのおひざに来て 一緒に打とうか?」そういうと
Aくんは ひざに来て せりふを考えて 何とか 絵文字入りで
携帯メールをしました。

お母さんは 電話でも メールしたことを おじいちゃんに連絡すると
おじいちゃんから
「ごめんなさいメール 嬉しかったよ。」と返事が 届きました。
すると 今度は 自分からAくんは
「ごめんなさいが メールで ごめんなさい。」と返信したそうです。
だんだん いつものAくんになっていきました。

貝のように 頑なになることって ありますね。いつもの自分にもどるには
少しの時間が必要なときも ありますね。

怒りが大きい ということは
それは 大人にとっては 些細なことでも こどもにしたら
とっても やりたいこと、大事なことかも しれません。
今 それを楽しみにしていて
自分で やることを決めていたかも しれません。

主体的に自分の内側から やりたかった!事だから 余計に こだわります。
ショック、悔しさが あったのでしょう。
感情が揺れているときは もう少し長く その気持ちを受け取って
あげてみては どうでしょう?

落ち着いてから どう感じたか まっすぐ向き合って
話ができるかな〜と 思います。

下を向いている間は もう少し待って、の合図にも なりますね。
あとから
お母さん「あした おじいちゃんち 行きたい?」と聞くと
「行きたい!」
「いつも たくさん遊んでもらっているし 感謝の気持ちを持ってね〜」

一時の感情ですので 大らかにいきましょう♪