コンサートを通して知り合った、20歳年上の親友と語り合いました。
彼女の人生の様々な局面や、その時彼女を支えた言葉などを聴きながら、
人生の奥深さに感嘆したひとときでした。
その中で彼女が語った一つの決意。
それを聞いた時、現代の社会における究極の奉仕って、これかもしれないとさえ思いました。
それは、臓器提供とか、そういう身体の一部をそれを必要としている人に捧げるというものではなく、自分の身体すべてを医学のために捧げるという、「献体」というものでした。
まだこのシステムについて何も調べていないので、詳しいことは書けないのですが、献体登録をした病院から毎年送られてくるという手帳の表紙のグリーンの鮮やかさと、登録カードの大きな文字が、心に残っています。
献体の登録を済ませてからというもの、彼女は自分の身体をとても大切にするようになったそうです。
なぜなら、この身体は自分の身体ではあっても、これから未来に向けて役に立たせるべき身体だから、粗末にできないと思うようになったからだとのこと。
確かに、自分のものと考えている間は、どう使おうが私の勝手でしょという意識がどこかにあって酷使してしまったり、手荒く扱ったりするものなのかもしれません。
でも、「この身体はもはや自分のものであって自分のものではない」、「未来の人々のものだ」と考えると、今自分はこれをお預かりしているのだから傷つけてはいけないと責任を持って、大切に取り扱うようになるのかもしれません。
「身体を大切にする」って、これは自分のものじゃないのだ、今はこれをお借りしている、お預かりしているものなのだという意識があってはじめて、できることなのでしょう。
地上にではなく、「天の国に宝を積む」生き方ってどんな生き方なのだろうと考えたことがありましたが、きっと、自分の身体を大切にするということ自体が、尊い奉仕そのものなのかもしれないと気づかされた、素敵な午後でした。
☆(*^_^*)☆今日の出会いに感謝です。