アーティストのつくりたい作品、やりたい企画と、町の人のつくってほしい作品、やってほしい企画が、近いものほど幸せな出会いになるが、そうでないものは不幸なめぐりあわせになってしまう——と一般的には思われるような気がするけれど、やはりことアートに関して言えば、そんな需給関係のような、経済原理のようなものは通用しないのではないかと思う。それを壊してしまう力、乗り越えていく力がアートにはあるし、そうでなければアートではないのではないか。
アートでまちづくりはできない。アーティストは自身の問題と取り組むだけ(別の言い方をすれば好き勝手をするだけ)だ。しかし、思いっきり自己の問題に取り組むこと(好き勝手なこと)をする中からは、何かが見えてくることがある。
作品自体が直接的にそれを示すようなものでなくとも、社会や地域の問題点を浮き彫りにしたり、行為が意図せず人にそうしたことを想像させたり、考えさせたりする。それがアートの力だと思う。
モノとして美しいとか完成度がどうとかいう次元だけの問題ではない。また、その作品や取り組みは、アーティスト本人だけの問題ではない。それに関わる人みんなの問題になる。それがリアルだと思う。
一般的に言って、まちの人たちにとってアートやアーティストは迷惑である。逆にアートやアーティストにとって、まちでの展示や企画は不適当なことが多い。しかしそこにリアルさが生まれる。波風が立つから、そのほころびを見つけ、引き裂いて新たな関係性を縫い合わせていく機会が生まれる。
(コメント:門脇篤)