小千谷・刈羽での活動(5/28−29)①

5月28日は、中越地震で被災された塩谷集落で、恒例の田植え交流会(主催:塩谷分校)がありました。今年は、福島から小千谷市に避難されている方々にも参加いただいて、今後につながる交流の場となりました。翌29日は、小千谷市復興支援員の小川さんにお世話になり、小千谷市に避難されている方々を訪問したり、ずっと避難者を支えてこられたボランティアさんに会ったりしました。さらに、刈羽村社会福祉協議会のお世話になり、中越沖地震で被災された刈羽村に福島から避難されている皆様と一緒にピザづくりを通した交流をさせていただきました。大阪大学、関西学院大学、長岡技術科学大学から学生ボランティアの参加があり、2日間の活動を通して、今後の支援について理解と展望を深め、様々な案を検討しました。今回は、大阪大学から参加した学生ボランティアにブログの執筆を依頼しました。

5月28日
NVNADに寄せられた支援金から交通費の一部を補助して頂き、中越地震から7年目を迎えます塩谷集落で毎年恒例となっている田植えを体験してまいりました。塩谷分校の方々、NVNADのスタッフ、大阪大学・関西学院大学・長岡技術大学の学生に加え、今回は福島県からの避難者の方も4名参加されていました。

躊躇しつつも素足で泥に入ったのですが、はじめはひやっとしていた泥からぬくもりを感じられるようになる頃にはすっかり泥の感触のとりこになってしまっていました。私はなかなか思うように作業が進まず、昔の人の偉大さが身にしみるようでした。途中、休憩時間に福島の方から凍み餅(飯舘村の品)の差し入れをいただきました。香りもよく、とてもおいしかったです。

午後は4時から交流会があり、楽しい時間を過ごさせていただきました。その中で、中越地震による被害から、集落にとどまることを選んだ方、集落を出て行くことを選んだ方、また出て行かざるを得なかった方の間の葛藤や、とどまることを選んだ方の中でも葛藤が残っていることを伺いました。中越地震から時間が流れたとはいえ、塩谷はまだ復興過程にあるということを認識する機会となりました。元区長の関芳之さんがおっしゃられていた、「お互い無理をせず、関係を長続きさせていくのが大切」という言葉をしっかり受け止め、これからもできる限りで末永いお付き合いをさせていただきたいと思いました。また、小千谷の方の中から、野田村へ行って支援したいという声も少なからず上がっていました。

田植えをされた4名に加えてさらに3名の福島の方も参加され、どなたも楽しそうにされていて、「自分たちの気持ちをわかってくれる塩谷にこられてよかった」とおっしゃっていたのが印象的でした。