新潟県小千谷市塩谷集落→福島県南相馬へ(5月19日の活動)

福島県南相馬市では、震災から2年が経った今でも、東日本大震災の被害から、自宅に住むことが叶わない多くの皆様が仮設住宅に住んでおられます。本日は、昨年に引き続き、新潟県小千谷市塩谷集落の有志の会「塩谷分校」、「芒種庵をつくる会」、小千谷市役所職員の方々が、小千谷市復興支援室の支援を一部受けて、訪問されました。昨年は、NVNADからの支援も含めて実施されましたので、今年もNVNADからスタッフが同行しました。
現地には、学生時代から塩谷集落と関わってきた大阪大学や長岡技術大学の卒業生、数年前より福島から塩谷集落の支援を続けておられるご夫婦なども駆けつけて下さり、総勢31名が集まって、山菜天ぷらそばの炊き出しイベントが行われました。このイベントは、交流を目的としたイベントで、先の見えない生活を余儀なくされている被災者の方々の気持ちが少しでも安らいでいただけたらとの思いで実施されたものです。
塩谷集落と南相馬市は、東日本大震災により避難してこられた南相馬市の皆様と、田植え、夏野菜のプレゼント、稲刈りなどを通じて交流されてきました。具体的には、2012年5月には第1回山菜天ぷらそばの炊き出しを行い、同年11月には、今度は、南相馬の方々を塩谷集落の村祭りにお招きするといったように、交流を続けておられます。塩谷集落は2004年の中越地震、南相馬市は2011年の東日本大震災の被災地です。それぞれの震災を経験した人々は、被災したからこそわかり合える面も多く、また、同時に、被災によるそれぞれの苦しみや葛藤は、実は、容易には分かり合えないということを噛みしめながら、互いに交流を深め、今回の2回目の炊き出しが実現しました。

炊き出し前日の18日、塩谷集落センターには多くの人々が集まっていました。イベントの準備をするためです。コゴミ、フキノトウ、ウドなど、塩谷集落で採れた山菜が住民の手によってセンターに集められ、それを天ぷらにしやすいように切っていきます。そして、苦みが残らないように丁寧に洗っていき、発泡スチロールの箱いっぱいに詰めていきます。何箱にもなった新鮮な山菜は、調理用とお土産用に分けて準備しました。その後、調理器具や調味料、テーブルや食器などを用意し、軽トラック2台に積み込み、全ての準備が完了しました。翌日に備え、皆さん、その日は早めに就寝されました。
炊き出し当日、朝5時、小千谷小学校の駐車場には、南相馬に向かう人々が集まってきました。軽トラックから荷物を運び出し、小千谷観光のバスに積み込んだら出発です。参加者の一人に昨日は眠れましたかとお伺いすると、「寝れなかったんだよ。ドキドキしちゃって」とおっしゃっていました。まさに遠足に行く前の子供のように、夜も眠れないほど今日という日を楽しみにされていたようです。小千谷市から南相馬市までは、バスで5時間。サービスエリアで休憩をはさみながら、一行は南相馬へと向かいました。

朝10時、南相馬の仮設住宅に到着しました。代表者の方と挨拶を交わし、準備を進めていきます。2回目の炊き出しだけあって、スムーズに準備を進めていると、その様子を見に仮設住宅の人が集まってこられました。予定よりも30分ほど早く準備が完了しましたが、すでに人だかりができており、予定時刻を待たずに炊き出しを開始しました。そばをゆでるチーム、つゆを入れるチーム、天ぷらを揚げるチームに分かれ、どんどんそばが手渡されていき、南相馬の方々は、「山菜の天ぷらが、いい香りがしておいしい」と会話を弾ませながらそばを召し上がっていました。その中には、塩谷集落の村祭りに来られていた方もいらっしゃって、「またこのような形で塩谷集落のみなさまに会えてうれしい。良いことだねぇ」と感動した様子でした。
時間はあっという間に過ぎ、名残を惜しみつつも、片づけ作業を行いました。別れの挨拶のとき、仮設住宅の区長さんが、震災後2年という現状を語って下さいました。抑えようとした感情が溢れ出すかのように、声を震わせながら語る区長さんの姿からは、先が見えない状況で、自分ではどうすることもできないといった悔しさが滲み出しており、改めて厳しい現状を認識させられました。その想いを受けた塩谷分校の生徒会長は、穏やかな口調で、「自分たちには、そばを出すことくらいしかできないけれど、南相馬の方々のお気持ちが少しでも安らいでくれたらと思う」と語られました。マラソンのように長く厳しい復興への道のりの中で、ともに寄り添いながら走ってくれる存在は非常に大きなものだと思います。これからも互いに心を通わせられるような関係が末永く続いていくことを祈ります。
今回、盛り上げてくださった塩谷分校の皆様、芒種庵をつくる会の皆様、また、小千谷市復興支援員の皆様、駆けつけて下さった卒業の皆様をはじめボランティアで参加してくださった皆さま、どうもお疲れ様でした。NVNADでは、引き続き、こうした交流のお手伝いをさせて頂きたいと思います。