修士論文〜第2節2−2 理論とモデルからの予測 〜韓国一般高校生を例に〜

2−2 理論とモデルからの予測 〜韓国一般高校生を例に〜

 言語普及理論とモデルから、未来の予測をするのは困難であると理解できた。理由は、①言語の市場価値を形成するものが複雑で、経済力以外は数値化が難しいこと、②外的要因(相手国の政策、当該言語の特殊条件)の変化が状況に与える影響力が強く、しかも変化が起こる確率までは明確化することができないこと、③第二外国語として普及することは、一定のパイを奪い合いになるが、ある言語が普及した時の他の言語に与える影響が予測しにくいこと、以上三点である。
 ここでは、①に関しては、現状の日本語の市場価値を高める政策を講じなかった場合の予測とするので、寧ろ予測には反映させないほうが良い。②に関しては、確かに外的要因の変化が言語普及状況に与える影響は大きいが、その変化が起きる合理的な根拠と変化が起きる確率まで想定することは困難である。そのため、何らかの相関関係をもとに予測をしても、過去の平均値や特殊性を考慮しない一定の法則により普及状況を予測する。例えば、日本は平均経済成長率が●●%で日本語学習が3倍になるのに、○○年かかったが、A国の場合は、同じ経済成長率と年月で、期待値が高いことを考慮し学習者は10倍になるという予測はしない。③に関しても、合理的に影響を予測するのは、困難なので、②と同じ考えで予測をする。
 以上の考えにより、三つの推測基準を設けて、韓国一般高校生における言語普及の将来をシミュレーションしてみる。
 
1 過去の増減率基づいた予測

 一番シンプルな方法は、過去の学習者数の推移から将来の状況を予測することである。過去の増減率の平均を取り、その率をもとに将来を予測するやり方である。その場合、過去をどこまで遡って平均増減率を求めるかということが問題になる。どの言語学習者も平均推移を2000年から2006年までで計算するのと、2004年から2006年までで計算するのとでは、まったく異なった増減率になる。【図2−6】を見ると、言語普及理論でいう雪だるま式普及状況が中国語に起こり、ドイツ語学習者とフランス語学習者の数を奪っていることが理解できる。日本語の場合は、本来増加する分が中国語に取って代わられたとも言えるし、一定の水準になり増加が止まったとも考えられる。中国語自体も2003年度以前と以後で大きな違いがある。
先ずは、2000年から2006年までのすべての数字を基にし、平均増減率を出して将来を予測する。また全体のパイは決まっているので、言語学習者が7万人、8万人、9万人だった場合のそれぞれの言語学習者の数を出した。

【表1】

 すべての数字で予測をすると、2022年に日本語学習者の数は、中国語学習者の数に追い越されることになる。しかし、幾つかの考慮しなければならない点がある。例えば、日本語は中国語と同等に2003年まで増加している。この期間を増加が止まってしまった以後の予測に入れてよいのか。
 言語普及理論から考察すると、日本語も2004年まで雪だるま式にその数が増加していたといえる。また、日本語学習者の増加が止まると、その分だけフランス語学習者とドイツ語学習者の減少幅も少なくなったことが理解できる。そうであるならば、日本語学習者の今後の数は、雪だるま式普及が終わった段階からの増減率で予測するべきである。日本語に学習者を奪われていたフランス語とドイツ語も同様である。それに基づき以下表にする。

【表2】

 僅か2年の平均で今後を予測する点、どの言語にも一定の学習者層が存在し、どこかの時点で学習者の下げ止まりがあるかもしれない点など、問題点や考察しなければならないことはある。そのような限界のある予測ではあるが、2015年に日本語学習者の数は中国語学習者の数に追い抜かれる。

2 GDPの成長率に基づく予測

 Florian Coulmas(2006)は、経済力と言語普及状況の相関関係を証明するために、幾つかの指標を提示した。経済成長率、通貨の相場、IMFの準備通貨としての占める割合などである。しかし、すべての言語が、すべての状況において、これらの指標と相関関係があるとはいえない。2000年から2006年までの間にフランス、ドイツの経済規模、通貨価値が1/5以下になったなどと聞いたことはないからである。
 言語普及状況は、結果として経済力が影響力を持ち、言語普及状況を規定している。すべての状況で当てはまらなくても、どこかで強い相関関係が確認できるはずである。そこで、一つの仮説として、雪だるま式普及が起こっている際に、経済成長率と言語普及率は強い相関関係を持つと考えてみる。
 では、いつからいつまでの相関係数を出せば良いのか。
 海外における日本語学習者の雪だるま式普及状況は、1980年代に起こったと先にあげた先行研究は述べている。海外における日本語学習者の数は、毎年調査されているわけではない。1970年に外務省が調査してから、2006年の国際交流基金が行なった調査まで計10回である。
 相関係数は、全体を確認するために“1970年から2006まで”、雪だるま式普及が始まったとされる80年代に近い“1979年と1984年から2006年まで”、韓国の一般高校での日本語選択状況が2004年にそのシェア率が止まった、すなわち雪だるま式普及が終わったとも予測できるので、“1984年から2003年まで”の計四つの期間で相関係数を算出する。
 また、中国語のほうは期間が短いことは考慮しなければならない。中国の場合は、今が雪だるま式普及の真最中である。終わりは、2006年に固定して、始まりを2000年、2002年、2004年とわけて相関係数を見てみる。
 次のページの表を見ると、日本語学習者、中国語学習ともに、学習者の増加率とGDP
の伸び率に強い相関があるといえる。このことから、未来の学習者を予測する場合は、先ず雪だるま式普及の最中である中国の学習者数はGDPの伸び率に合わせて学習者が増えていくと予測することができる。日本の場合、絶対数はまだ増加しているが、韓国における日本語学習者の比率は2004年から止まっている。この二年間を例外と考えて、今後はGDPに比例して学習者数も増加すると予測するのがいいのか、或いは雪だるま式普及は終わったと考えるべきなのか議論があるところである。

結論から言えば、増加が止まったと考えるほうが妥当である。前述の通り、2004年度ま
で日本語の伸び率は中国語と変わらない。その間、ドイツ語学習者とフランス語学習を奪
う形で普及していった。そして、日本語の増加率が止まると、ドイツ語、フランス語学習
の数の減少は半減した。言語普及理論では、他言語との比較優位により雪だるま式普及が
起こる。現状の日本の経済力の限界のパイまで学習者が増えたためとも考えられるし、ま
た、ドイツ語、フランス語からは学習者を奪ったが、その分中国語に奪われたとも考えら
れる。今後は、ドイツ語、フランス語にも一定の学習者層がいること、選択科目として一
定の供給効果が働くこと、パイ自体がすでに小さくなり、減少数が限られてくること、以
上のことから、今まで通りの減少数にはならないだろう。中国語を選択するか、日本語を
選択するかという問題が尖鋭化することが予測でき、現状では中国語に学習者が流れてい
ると考えられる。

【表4】

 

中国の予測GDP伸び率に連動させると、図の通り中国語学習者は推移する。この方法で、
雪だるま式言語普及が終わった日本語学習者の数を予測することは難しい。しかし、日本
語学習者が中国語学習者に奪われないと都合が良い予測でも、2021年に追い越される。

3 過去の日本語学習者の増加率に基づく予測

 ここでの予測は、単純に既に雪だるま式普及が起こった日本の学習者増加率を中国にあ
てはめるやり方である。絶対的な指標に基づくのではなく、相対的な優位に基づいて一定
の増加率で言語が普及していくと仮定すれば、どの言語でも雪だるま式普及時の増加率は、
さほど変わらない可能性もある。その予測をする場合も何年から何年までの増加率を出す
かが問題になる。

【表5】
GDP増加率と学習者増加率の相関関係を述べる際に、1984年から2003年までの期間で
考えるのが良いとした。70年代であると、そもそものパイが少ないので、数の上昇に対す
る増加率が大きくなってしまう。また、日本語にとって都合が良い数字の出し方でも、何
年で追い越されるか見るためである。

【表6】

 中国語学習者の増加が日本語学習者にどのような影響を与えるかが未知数であることは、
前述の通りである。2017年、中国語学習者の数は、日本語学習者の数を追い越す。

 将来の言語普及予測の困難は、Florian Coulmasの言葉を借りれば、言語の市場価値と有
価証券の市場価値との類似性である。今回の使った三つの指標以外にも有効なものは存在
するであろう。言語普及に影響を与える予測し得ない事態も起こりえよう。また、上記三
つの分析も更に細かく場合分けをすることで、より詳しい将来を予測することが可能であ
ろう。しかし、この章の目的は、日本が何も対策を講じなければ、日本語学習者の数が他
国に抜かれてしまうことを示すことである。
 今回の予測では、遅くとも2022年に日本語は、アジアにおける現在の地位を失うことに
が理解できた。