「ガボン国漁業分野でのマイクロクレディット」 石本惠生
私は2007年から2年間中西部アフリカのガボン共和国でJICAの開発調査という技術協力プロジェクトに従事しました。実施したプロジェクトはガボン国零細漁業・内水面養殖総合開発計画という、沿岸の貧しく規模の小さい漁民、あるいは内陸部の人里から遠く離れた湖、河川、沼などで魚を獲ったり、養殖したりしている人たちの生活向上のためのマスタープランつくりです。
ガボンという国は、2009年6月、41年間ここを統治していたボンゴ大統領が亡くなり、新聞誌上に名前が出ていましたが、あまり日本には知られていない、人口150万人ほどの赤道直下の小さな国です。アルベルト・シュバイツァーが密林の中で病院を開き、現地人の医療に貢献した地、と言う方が知っている人が多いかもしれません。石油を産出するので一人当たりのGNIは5,500ドルとアフリカの中では高い方ですが、富の大半は支配階級に握られており、国民の70%は貧乏な暮らしを強いられています。首都には、大統領官邸、国会議事堂、官庁、高級官僚レジデンスなど、壮麗な建物が並び支配階級が権力の威光を放っていますが、一歩庶民の住宅街に入ると、道路は穴だらけ、汚水が浸みだし、スラム化した地域が広がっている状態です。
沿岸の漁民は外国、特にベナン、ナイジェリア、ガーナなどからの出稼ぎ漁民が多く、彼らは外国人、ということで政府はなんら施策をおこなわず、水道も電気もないような劣悪な環境のもとで生活しています。小型のカヌーを、手でこいで数マイル沖合まで出かけ、古びた、穴だらけの漁具を使って魚を獲っています。少しお金が出来た漁師は日本製の船外機を付けたしっかりした船を使っていますが、これらはごく少数です。
漁村を訪れ、生活で何が一番困っているのか調査したところ、みんな口々に、魚を獲る手段、すなわち船がボロいので新しい船が欲しい、エンジンがないので船外機が欲しい、漁具(漁網、テグス、釣り針、浮子、おもりなど)が欲しいが入手できないと、またご婦人方は魚を保蔵するアイスボックスがない,魚をはかる秤が欲しい、等々と言っていました。ちゃんとした道具さえ有れば自分らの持っている技術、体力で、魚を獲り、それを売りに行って収入を増やしてみせるという自信をみなさんは持っています。 しかし木造の船、カヌーでも数十万円はしますし、船外機は20万円以上はします。こんな高いものはとても我々では工面できません。一方、漁具や魚流通用の道具などだったらそれほど値段も張りません。少し頑張ればJICAの調査費用から資金を出して貰えるかもしれません。そこでみんなで思いついたのはマイクロクレディットのシステムの導入です。
2006年度にノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏は、バングラデッシュにグラミン銀行を創設し、貧困にうちひしがれているバングラデッシュの婦人らに少額のお金を低利で貸し付け、起業を奨励し、経済的に自立させる事に成功しました。彼が発案したこのマイクロクレディットシステムは今では世界中の国々に普及し、アジア、アフリカ、南米などの途上国で1億人以上の人達がその恩恵にあずかっていると言われています。
今回、私たちは、まず、漁民の必要とする漁具資材を聞き取り、リストアップして、それがどのくらいの価格になるかをざっと計算しました。これらの漁具資材はガボン国内で入手出来るのか、また、どこの地域の人たちが、何人くらい融資を希望するのかを調べました。しかし個人にお金を貸し付けると、何か事故があったりして返済されないことが起きるかもしれません。漁師には確たる担保物件や保証もない事から、5、6人の漁民に集まって貰い、1つのグループとして共同責任をとってもらう事にしました。そして全国5州、28のグループ、約160人の人たちが選ばれたのです。
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漁師に対してヒアリングをおこなう。彼らのかかえている問題点を明らかにして、何か解決策はないか一緒に考える。漁具は輸入品であるため割高で入手するのに苦労する。値段もさることながら、欲しい型式、仕様のものが手に入らない。一人一人相談しながらクレディットで買う品目を決めていく。
私たちは地方の村々に出向いてこの貸し付けシステムの説明会を開きました。ただアフリカの漁民の場合は非常に移動性が高く、しばしば隣の国に行ってしまうこともあるので、果たしてこのシステムがうまくいくのか大変不安でした。
いろいろ検討して融資条件は次のように設定しました;
海面漁業:100万CFA(20万円)/グループ
内水面漁業;30万CFA(6万円)/グループ
貸付期間:最短3ヶ月間
返済条件:利息1%/月(当初3ヶ月間)、2%/月(4ヶ月以降)
貸し付けるお金を直接漁民に渡すと本当に必要な漁具の購入に使われるかどうか分からないので、貸付金額に見合う希望漁具は我々の方で購入、準備し、これをグループに引渡し、そこで貸借契約書を取り交わすという方法をとりました。
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漁村で融資契約に調印する。これと同時に漁業活動記録の記載を依頼する。
ガボンは識字率も高く記録の記載に関して問題はなかった。しかし会計の計算、記帳などは初めての人も多かったので全グループに電卓をプレゼントした。
貸し付けを開始してからスタッフは毎月定期的に村を訪れ、グループから返済金を回収しました。 また同時に貸し付け条件として漁民に依頼した漁業活動記録のとりまとめを行いました。この漁業活動記録は、彼らが、いつ、どこに行って、どれだけの魚を獲ったか、それを幾らで売り、どれだけ儲けたか、などを詳しく記帳するレポートです。我々にとっては、この細かいデータが漁業開発計画を作るうえで一番大事な情報なのです。最初はどの様に書いて良いのか分からない人ばかりでしたが、次第に詳しく記入してくれるようになりました。
融資を開始してから3ヶ月間の返済率は70%を超え、そして6ケ月後には97%が返済されました。産油国らしく油井からの油の流失汚染で漁業が中断されたグループや、身内に不幸があり、葬儀の出費が嵩み返済が遅れたグループなどもあったようですが、概ねスムースに資金は回収でき、郵便局の口座にデポすることが出来ました。
漁民は、このシステムを利用して非常に助かった、漁獲量も増えた、来年もまたやって欲しい、返済は魚さえ捕れれば全然負担ではない、と言っていました。しかし何より良かったのが、彼らが自分の活動を記帳することで、自分自身が幾ら稼いで、幾ら使っているのか、それをハッキリ認識し、貯蓄を始めたり、漁業活動の経費を節約する工夫が見られたことです。そして、仲買人に任せっきりだった魚の値段を、自分で計量して、交渉のうえ価格を決定するようになった人も出てきたことです。共同責任を負うということで、グループ活動の利点についても強く認識するようになったとも言っていました。
私たちのこのマイクロクレディットは6ヶ月間で終了しましたが、この経験は、アフリカ開発銀行の資金によって、もっと多くの零細漁民が利用できるようにする計画が進んでいます。
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品物を引き渡して記念写真。主な購入漁具は網地、浮子,おもり、ロープ類など消耗品が多い。毎年更新するものであるため、今年はクレディットで購入する事が出来ただけでも、生活に余裕が出来たと言う。したがって返済率も高かったのかもしれない。