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前略
では次のような場合はどうでしょう? 田舎の母親に息子が都会のマンションでの同居を勧めました。息子に押し切られる形で都会に来た母親はうつ状態になりました。昼間からカーテンを閉め切り、寝ています。
息子が具合が悪いのかと尋ねると、そんなことはないと答えます。どこか本当に悪いのなら一度一緒に病院に行こうというと「ここでは野菜も育てられんし、おやきを一緒に食べる友だちもおらん」とうなだれました。
つまり母親は田舎を離れたくなかったけれど息子がどうしてもというので同居に同意したのでした。
こんな例もあります。足が悪いひとり暮らしの父親に子どもたちが介護保険のヘルパーを頼んではどうかと提案すると、他人の世話にはなりたくないと頑として譲りません。内心は来てほしくても素直に口に出せないということもあります。以前に口にしたことを翻すのが難しい、素直になればいいのにと家族は思いますが、男のプライドでしょうか。そこで子どもが頼むからと頭を下げる形で父親にヘルパーの利用を了解させました。
こうしてサービスを受けるようになると、父親は今日はヘルパーさんが来てくれる日だと朝からうきうきしているのがわかります。それまではたいしてかまわなかった洋服にも気を配るようになりました。大した進歩です。家族は陰で「初めから素直に来てもらえばよかったのに、頑固おやじめ」と苦笑しています。
こうしていくつかの例を挙げましたが、子どもに心配をかけないために心を偽る場合もありますし、逆にさびしくてかまってほしいからということもあります。
5年前はひとりで暮らしていけると強がっていた母親も脊椎圧迫骨折をしてからだんだん不安になり、子どもに同居して欲しいのに言い出せないということもあるかもしれません。
子どもだって介護に疲れて、施設に入ってほしいと思う時と、ありがとうとほほ笑む母親の顔を見ると、いなくなったらさびしいと思うこともあるでしょう。つまりお互いさまということでしょうか。
『老いた親とは離れなさい』2014年 朝日新聞出版 より
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