芸能王・後白河上皇

日 時 平成26年4月22日(火)
場 所 宝塚男女共同参画センター
主 催 からあい企画
 平安時代末期の怪物と言われた後白河天皇(→上皇→法皇)の
生涯についてのお話しでした。
 後白河は鳥羽天皇の第4皇子として1127年に誕生し、元々天皇
に即位するはずがない境遇でした。
 したがって帝王学等とはほど遠く、専ら今様(今風の歌:歌謡曲)
に熱中していましたが、たまたま近衛天皇が急死したため、思いがけず天皇に即位することになりました。
 しかし後白河は天皇に即位してわずか2年余で息子の二条に譲位してしまいますが、その二条が在位7年で崩御したため孫の六条を即位させ、院政(幼い天皇をサポートする名目で政治を主導する。藤原氏の権力を抑える意味もある。)を開始いたします。
 時代は保元・平治の乱を経て平家が台頭し、後白河の政治力と平家の軍事力によって国を治めていきますが、やがて以仁王の令旨によって源氏が蜂起し、後白河も平家に幽閉される等不遇の時を過ごします。
 しかし後日 後白河は不死鳥のごとく甦り、再び表舞台に返り咲くという強運の持ち主でもありました。
 他方 後白河は政治に専念することなく、今様関連として「梁塵秘妙口伝集」を編纂するなどして日本の文化に貢献する側面も見せます。
 この結果、後世の人々は後白河を、暗主(おろかな君主)とも、治天の君(りっぱな天皇家の家長)とも評しているとのことでした。。