日 時 平成30年12月6日(木)13時30分〜15時30分
表題の人は選手として名を成した方ではなく、ジャーナリスト
で正義感が強く水泳界を引っ張ってきた田畑政治氏です。
彼は明治37年(1898)に静岡県浜松市の酒造家に誕生し、
子供の頃から浜名湖で泳いでおり、徐々に頭角を現していま
したが、中学4年生の時に盲腸炎と大腸カタルを併発したため
選手を断念し、後輩の指導にあたることにしました。
彼は東京大学を出ると、朝日新聞社に入社し、政治部の記者
となり、一方 暇を見つけては水泳を指導し、大日本水泳競技連盟の理事にも就任いたします。
日本の水泳が初めてオリンピックに出場したのは1920年のベルギーオリンピックでしたが、結果は振るわないものでした。
しかし1924年のパリオリンピックでは自由形リレーで4位に入賞、そして1928年のアムステルダムオリンピックではついにメダルを獲得いたします。
また彼が日本代表監督となった1932年のロサンゼルスオリンピック、続くベルリンオリンピック(田畑は本部役員)で金・銀・銅メダルを獲得し、「競泳は日本のお家芸」になりました。
その後第2次世界大戦で敗北したためオリンピックに出場できず、復帰したのは1952年のヘルシンキオリンピックからで、この間彼は日本水泳連盟の会長に就任しています。
そして彼はオリンピック招致活動に情熱を注ぎ、1964年大会の開催地を東京に招致いたしました。