摂津の古代氏族

日 時 2019年5月11日(土)13時30分〜15時
 古代の摂津国は難波津をはじめ、住吉津・武庫水門・大輪田泊
などの諸港津とその後背地をひとつの行政区とした地域を指す由
にて、この地域の氏族についてご教示賜りました。
 今回は特に西摂津地域(兎原郡・武庫郡・河辺郡・有馬郡等)を
中心としたものでした。
 815年に編纂された「新撰姓氏録」(古代氏族の系譜書)によれば
摂津国の氏族は1182氏あったとのことです。
 まず兎原郡からは、大和首(ヤマトノオビト:神知津彦の後裔)や布敷首(ヌノシキノオビト;葛木襲津彦の後裔)等々を。
 武庫郡からは、日下部宿祢(クサカベノスクネ:開化天皇の子孫)や牟佐呉公(ムサノクレノキミ:中国の呉国の王子の子孫)等々を。
 そして河辺郡からは、宣化天皇の皇子・火焔王の後裔であると言われている川原公(カワハラノキミ)や為奈真人(イナノマヒト)等々を。
 また有馬郡からは、羽束首(ハツカシノオビト:天足彦国押人の子孫)等々と有馬温泉(「日本書紀」舒明天皇行幸)について解説をしていただきました。
 最後は凡河内(オウシコウチ)氏の話しで、この氏族は摂津の他、三島(高槻・茨木等)・志紀(大和川流域等)において海上交通を掌握していたと思われるとのことでした。