学校に行こうと思う自分 働こうと思う自分

ヘルパーのアルバイトをしています。
ここ数か月、体調をくずしていたのですが、今月から本当に少しずつ仕事を再開し始め、来月からは泊まりのヘルパーも入り始めます。

事業所の方々も気をつかってくださって、厳しめのスケジュールではありませんでした。
まだ本調子ではないですので、話し合いをさせて頂き、決めてゆきました。

ヘルパーなど介護の現場は人手不足かも知れませんが、それが理由ではないと思っています。

この松尾君は介護は下手かも知れないが、誠実で優しい青年だ、と思ってくださったのかも知れません。(もちろん、わかりませんが。)

ですが、こう思って頂けたのなら、それは僕たちにとって、とても大切なことだと思えるのです。
僕たちは仕事の面に限らず、社会一般常識が少ない状態で、社会に出ることになるかも知れません。

仮に長めに不登校でいたり、引きこもっていたりすると、学校に行ってみよう、さあアルバイトをしようと思っても、いわゆる社会一般の常識をわかっているかといえば…。

僕は個人的にですが、他人に優しい人柄だと思っていただくことは、とても大きな支えになるのかなと思っています。

僕自身、10年間引きこもり、7年間ニートで、それから通信制高校に進みました。
当時の僕を知っている方々は、ぎこちない青年だなあと感じてらしたと思います。
なかなか友達は出来ませんでした。
ですがなるべく誠実で優しくいようとは思っていました。
そうすると同じ学校のおばさんやおじさんが相手をしてくださったり、これまた同じ学校の80歳のおばあちゃんとメル友にもならせて頂いたりしました。

学校にしてもアルバイトにしても、自分勝手さなどが出てしまい、失敗の連続でしたが、それでも何とか誠実で優しくいたいという思い(願い)の小さな炎だけは消えなかったのかも知れません。

現在も自分勝手さは出てしまいますし、失敗の連続です。
そのたびに落ち込み、悩みます。

ですが小さな炎だけは消さないようにしています。
なるべく誠実でいようと。優しくいようと。
そうすると不思議なことに、失敗をしても誰かしら声をかけてくださるのですね。

これは人生に於ける大きな喜びのひとつではないでしょうか。

また、他の方に優しくなろうと考えると、自分の家族にたいしても優しくなってゆく(ゆきやすい)と思います。
内弁慶的なこともあるかも知れませんが、やはり他の人にたいして優しくいようと努めたら、家族にたいしても多少なりとも優しくなってゆくのではないのでしょうか。

松尾