けじめのない対応をされると自分を保つことが困難になっていろいろな問題行動を起こしてしまうことになるBPD。

自閉症があると間違われるぐらい堅い頭をしていたり、人の気持ちへの想像ができなかったり、自分のコントロールが不得手だったりする。

いろいろな問題行動を、特に自分の近くにいる人間に対して行うことで孤立せざるを得なくなったりすることが多い。

その延長線上に近隣迷惑を引き起こすことになったり、結果、警察や消防、保健所が出なくてはいけなくなったりする事態にもなる。
が、しかし、どこの機関もいろいろな制限もあることから、瞬間的サポートのみの対応になってしまうことになる。

この障害が余り人に知られていないせいもあって、死ぬ思いをしている家族が本人と共に社会的に孤立してしまっているのが今の状況である。

本人はもちろん家族も何がどうなっているのかもわからないまま、ただただ今を過ごすことしかできない状況がある。
周囲の理解を進めることも急務であると私は感じているのだが。

私がよく言うのは「足がない人に足をはやせといっても無理でしょ?周囲が、義足を作ったり、車いすを作ったり、練習に手を貸したりするやりかたを考え覚えることが求められているんですよ。目に見えない障害だから何が必要かが分かりづらいのが大変なだけです。」と。

こういう人は表現がまず遠まわしというか周囲が理解しづらい。

例を上げるとこんな感じ。
暗い冬の夜道が危険だと思って付き添うと怒りだす。
「誰が頼んだ、必要ない!」
「人の気持ちがわからんやつやな!」
「だからおまえはだめなんだ、嫌いなんだ」
みたいな。

実は本人の気持ちはこんな感じかと思われる。
「寒いのに悪い」
「自分など価値がないのに守る必要などあるのか」
「寒い寒いと言ってくれるな気を使う」
「嫌ならやめろ」
「ああやっぱり離れる、自分のことなどどうでもいいのだ」
「だったら最初から来るな」
「自分が心配なんてやっぱり嘘だったんだ」
「ああ自分がこんなに気を使っているのにわかってくれないあいつが悪い」

となる。

一言で言うと「認知のゆがみと行動選択の不適切さ」。

ぼちぼち、そこらへんをどうして行ったらいいか、書いていきたいのだが現場対応などでなかなか考える時間も書く時間もないのが現実…。

その上、認知療法、認知心理学の分野になると思うが、なにせ私には「学」というものがないのでさてどうなりますか。
いったん置きます。