毎度で〜す(%笑う女%)(%ハート%)
最近、時間&精神的に落ち着かない日々デシタガ、
ようやく落ち着いて参りましたので、
ここで、どーん!って腰を据えて、
先日・7月21日(土)〜22日(日)まで行って来ました
長野レポートをさせて頂きますっ(%ニヤ女%)(%王冠%)
7月20日(金)夜、ナンバ発の夜行バスに乗って
約5年ぶりに長野に行きました。
長野市郊外の「長野インター」で降り、そこに迎えが来たので、
大東亜戦争関連の戦跡である『松代大本営』が近くある、
“松代象山神社”に行きました。
以前、『松代大本営 地下壕』の中や、「もうひとつの歴史館・松代」の
見学もさせて頂きましたが、
大東亜戦争の時、「本土決戦」になった時のため、
東京が焼け野原になった時のために、
この長野・松代に、天皇や軍、政府の中枢の逃げ場として
ここを作ったとのことです。
ここは実際戦争の舞台にはなっていませんが、
こんなところにも「戦跡」があるということです。
ここで合流をした方々は、
かれこれ12年以上もお付き合いのある、
市民運動団体「長野ピースサイクル」のみなさま(%ハート%)
この「ピースサイクル運動」は、全国組織です。
おのおののメンバーが住んでいる地域から、自転車をこいでいって、
8月6日に広島の原爆ドームがある記念公園、
9日に長崎の記念公園に向けて自転車をこいで行きます。
「平和運動を、自分たちが好きな自転車でしたい」
ということで、もともとは大阪の青年たちの間で始まった運動のようです。
私は、大学1年生の時、日本経済新聞の中に
「アジアピースサイクル」の記事を見つけ応募し、
まずそれで、中国の上海〜南京(南京の『虐殺記念館』がゴール。350キロ)
次に3回生の時に、同じく中国の、大連〜瀋陽(途中に、
日本軍が大量虐殺したと言われていた場所があり、記念館もある。380キロ)を
マウンテンバイクで走らせて頂きました。
もうこの頃から既に、『普通の女の子』じゃなかったみたいですね(%とんかち%)(%痛い女%)(笑)。
二回目の大連〜瀋陽のピースサイクルの時に、
長野ピースサイクルに所属していた、おにいさんとおねえさんが
参加されておられ、それで23歳の時に、
長野ピースサイクルの活動に参加させて頂き、以後、
20代の時を中心に、5回くらい一緒に走らせて頂いております。
初日・21日は、長野市郊外の松代から、
まず千曲(ちくまがわ)川沿いを悠々と走ります。
走るスピードは20キロ程度で、
メンバーは20人強おられました。
東京から来たおねえさん以外は全員地元・長野の方です。
20人一緒に走ると、道路沿いとかは
交通渋滞を起こしてしまうので(車道を走るので)
3つのグループに分かれて、走りました。
1時間に一回程度休憩を取りながら、
しばらくすると、須坂という町に着きました。
須坂には市民有志が作った
「長野ソフトエネルギー資料室」というところがあります。
ここは、地球にやさしいソフトエネルギーの研究や
普及活動をしている場所です。
長野ピースに参加するたびに、ここにお邪魔させて頂いております。
そしていつもここで、美味しいスイカなどの
「お接待」を頂きます。
今年は曇りで、なんだかとっても涼しい長野でしたが、
(いつも猛烈に暑いんですが。。。)
とっても美味しいスイカを味わせて頂きました(%笑う女%)(%王冠%)
<つづく>