冬の始まりに・・・

今日は「立冬」。

こよみの上では、今日から冬ということで・・・。

先日、奈良・吉野山に行きましたら、

お食事処「静亭」の若おかみさんより、

渋柿とゆずを頂きました。

渋柿は、じっくり熟成させて、ちょー☆甘くなったところで食べ、

ゆずは今が旬のさんまにかけたり、「ゆず風呂」にしています。

それらは吉野山で元気に育ったものだけあり、

見た目はそんなによろしくないですが(笑)、

強烈にいい香りがし、種も立派にたくさん入っていて、

生命力の凄さを感じ、食すると、その生命力が全身に行き渡る感じです。

市販されている安価で、見た目美しい食材は、

ほんと「見た目倒し」で味が薄く、種もあまりなくって、ただの物体・・・

生命力が殆ど感じられません。

やっぱり、愛情たっぷりで、無農薬・・・

地場&生育環境のよい場所で育まれた食物でないと、

本当にパワーを頂けないなと感じました。

きっと、人間もそうなんでしょうね。

見た目美しいし、カッコイイし、ええこと言わはるし。

だけど中身(ココロ)は・・・いう人、多いですよね(笑)。

愛があって、いい環境・地場の場所だと、いい人が育つ。

都会に心身の病を抱える人が多いのは、

そんなことも関連しているんだと思います。

秋・・・とくに晩秋を迎えると、感性がかなり研ぎ澄まされます。

(特に夕方)

いろんな言葉が、ふっと降りてきます。見えてきます。

自分自身の歩んで来た人生、見聞きする現在・過去の人の人生・・・

いろいろと見えておりまして、いろいろと感じています。

過去の苦悩葛藤があったからこそ、

今まで、頑張って来れたんだと思う。

未来が分からないからこそ、見えないからこそ、人間は努力する。

全てが分かっていたら、見えていたら、ここまで歩いて来れなかった…

人生の一つの峠に“岐路”に今、立ってみて・・・

今までの歩んで来た道が見渡せる峠に立った時、

曲がりくねっていた私の人生遍路道が、

実はたった一本しかない道だということに気付く。

宿命という、天から与えられた人生の一本道。

それは人間の力ではどうしようもない決められた道。

だけど、その与えられた道を、どのように歩くかは、

その人の人生修業のレベルで決まってゆく。

変えられる道は「運命」というものでしょうか?

その一本道が幸せなものになるか不幸になるかは全て自分次第である。

運命は自分で変えられる。

一切が己だという当事者意識、日々反省・進化・信念・そして感謝を忘れず生き、

そして、この世で果たすべき使命を全うして、潔く朗らかに逝きたい。

生きてるからこそ味わえる心身の痛み・・・

人生の悲哀。

だから一切が善・・・「これがよい」。全てに感謝。

歓喜と交互にやって来る悲哀があるからこそ、悲哀が深ければ深い程、

歓喜も深まってゆく。

秋の深まり、冬の訪れ、そんな悲哀。

だけどその先に必ずある、春の歓喜。

そんな時代を何度も繰り返し味わいながら、

ちょっとずつ修行を完了し、レベルを上げて行く私たちの人生。

喜怒哀楽という感情を超越した、歓喜の世界(仏教用語で言うところの成仏でしょうか)

に到達すべく、日々修行を積んで参りたいと思います。

知人のおばさまから「お四国さん、案内してください」とお願いをされ、

今月下旬、四国に行くことになりました。

フツーに88ヵ寺を周るのではなく・・・チョー☆マニアックなご要望を頂き、

四国遍路の面白さ、そして深さを感じています。

(かなり面白いので、必ずご報告させていただきます)

日々の修行に加えまして、このような非日常の修行も与えられ、

お大師さんに感謝、感謝でございます(%笑う女%)(%王冠%)