よしこちゃんの氣分転換♪

最近、ほんと忙しく・・・(%ショック女%)(%星%)

忙しいということは、

誰かに必要とされている・・・ということで、

有難いのですが、

最近『何か』が、結構なところまで枯渇して来ました。

日頃、『何か』が枯渇しない為にしていることは・・・

①よく寝る

②マイペースで食べたい時に食べたい物を食べる

③一日一回は『空白の時間』(朝の喫茶店タイムなど)を作る

④心身のリフレッシュ&運動の為に畑仕事に行く

⑤優先順位を明確にし、必要でない・必要度が低いものは

出来る限りお断りする&余計なものは抱え込まず(人間関係含む)、

身辺は出来る限りシンプルに保つ。

ところが、それ以上にオーバーワークになりますと、

心身に疲れがたまる・・・とは別の、

『何か』がだんだん枯渇して、生命力が低下し、

物事を積極的&前向きにガンガン☆やろうという力が

低下してしまいます。

そんな時に私が必ず行う行動は、

四国遍路に行く、

もしくは、吉野界隈(吉野山・洞川)に行くという行為です。

誰かとではありません、必ず一人でです。

誰かと一緒に行くと、『何か』がますます枯渇してしまいます。

ここ一週間くらい、

吉野山の蔵王堂や役行者、大峰山が夢に出てくる勢いで、

「嗚呼・・・行きたい、行きたい・・・」と思い続けているのですが、

とても行ける状態じゃーありません(ムンクの叫び★)。

が、月末にポッ☆と行けるタイミングがありますので、

少し長めに行こうと決意した瞬間に

その『何か』がちょっと満たされた感じがいたしました(笑)。

ということで、私が最も好きな

冬の吉野山&洞川の写真を

このブログでアップいたしました♪

春夏秋冬・・・桜に紅葉にいろいろ楽しみ方はありますが、

私は冬の大峰山系が最も好きです。

今年の年末もタイヤチェーン巻いて、

洞川に一人、篭もりに行きたいと計画しています。

私は別に身体(肉体)が疲れている訳ではないのです。

だけど『何か』が枯渇し、疲れているのです。

この『何か』の正体が、私自身、イマイチ分かっていません。

だけど、大峰等の昔ながらの行場に行くと、心が凛!として、

『何か』が一気に充電(チャージ)されるから不思議です(笑)。

この『何か』を今、

じっくりと洞察しますに・・・

おそらく『氣』というものなんだと思われます。

「気」ではなく、『氣』です。

私はオーバーワークで身体が疲れたのではなく、

『氣』枯渇し、心が疲れているのです。

肉体が出す活力が、「行動」であれば、

心が出す活力って、『氣』なんだと思います。

肉体の活力の元は食べ物や水分がメインで、

後は睡眠とか運動とかなんだと思いますが、

心の活力の元って、私の場合『信仰』というものなんだと思います。

この『信仰』とは、ある特定の宗教や宗教法人のことを

指しているのではありません。

大いなる生命の本(もと)・・・無限の宇宙からやって来る、

エネルギーという感じでしょうか。

そのエネルギーを、「大峰山という場所」を通して

足らない分を頂戴するという感じです。

(ちょっとこの辺りのことは、言葉では説明しづらいですね。

あれこれ誤解・誤認を招きそうです・笑)

・・・ほんと、最近、あっちこっちに行き、

同時進行でいろいんなこと

(新しいことも含む)を行い続けています。

いろいろ&あれこれとやりながら

『氣』を使っているうちに、

自分の『氣』があっちこっちに分散し、

どんどん『氣』を消耗し続け、自分の心の中からの『氣』の創造が

追いついていない感じです(%ショボ女%)(%涙%)

もしかしましたら、「何故今私はこれをやっているのか?」

「何故今私は生きているのか?」という

人生の本質的な部分を、枝葉の部分(今しなければいけないことを

的確にこなさなければならないという感情や今起こっている現象)に

こだわり過ぎていて

チョット見失っているから起こる現象なのかも知れませんね。

しかも、チョット辛いのが、

私は一般の人よりも、比較的他人を必要とせず、

孤独を愛する・・・といいますか(笑)、

誰もいない場所(誰かの『氣』を感じない場所)で

比較的長時間一人でいないと、

氣を使い氣が散ってしまうので、

氣の充電が出来ないタイプの人間のようなので、

だから人里離れた行場まで行かないとアカンようです(?!)

人は生きている限り『氣』という名前の

生命エネルギーを放出し続けています。

日々の人間関係(日常生活)の中で

他人さんの『氣』が、私の身体、そして心に当たり、

それが私の『氣』に影響を与え続け、

自分の『氣』のパワーが落ちたり、穢されたり、混ざったりして

訳わからなくなって来て、私自身の身体は疲れていないのに

魂(心)がフラフラして来ます。

もしかしましたら、私って『氣』の送受信に

敏感なタイプなんだと思います。

敏感だからこそ、あれこれ観得て、分かるので、

娑婆の世界では何かと便利で、

危機回避とか、相手さんの心が何となく観得、

その正確な情報を元に、的確な処置が出来るので、

この敏感さを捨てようとはさらさら思ってはいないのですが

(行によって、更に敏感にしようと考えております)、

とにかく、私にとっての今の課題は、

この娑婆の世界の中のありとあらゆる、ネガティブな『陰氣』に

いかに悪影響を受けないか?なんだと思っています。

その為には、強靭な『霊氣』を、“行”によって、

もっと練り上げ続けなければならないと考えております。

(まだまだ修行が足りませ〜ん・凹)

・・・私がどうして冬の大峰界隈がいいのか?

桜&紅葉シーズン並びに、戸開けの時期(5〜10月くらい)は、

大峰山界隈には大勢の行者・観光客がやって来ます。

いくら磁場が良くても、そこに存在する人間(の氣)が

穢れていれば、その場所も穢れてゆきます。

(※穢れの少ない人はいても、穢れの無い人間はほぼおりません)

都会(大阪)にいるのと同じ状況がそこに存在します。

その点、シーズンオフの冬の大峰には

基本的に地元の方しかおらず、

山神の凛とした霊氣が村全体に充満しています。

穢れはほぼありません。

ですので、冬の最も厳しい時期・・・

娑婆の人間を寄せ付けない時に行をしに行くと、

(そこに身を置くと)、

費用対効果はズバ抜けて高いので、

今後も私はそんな行動をしつづけようと思っています。

とにかく、行き詰った時は、

自分自身が置かれている環境を変えるということが、

手っ取り早い、物事の解決方法であります。

そんなかんだで、

これからも更に上手に『氣分転換』しながら、

人生ド真剣に動きまくり・・・

よりよく精進してまいりたいと思いま〜すっ(%笑う女%)(%王冠%)