河内の“コイ”の物語♪

地元の長瀬川沿いを下流に向かって

自転車でこいでますと、

鯉がのんび〜りと泳いでいる姿が見えました。

私も何だか、のんびりした気分になりつつ、

セカセカとチャリンコをこいでいる人間・よしこちゃんが

アホらしくなりました(笑)。

この長瀬川には、いっぱい鯉がいたのですが、

どの鯉も、上流の方に頭を向けて

泳いていました。例外は一切ありません。

ほんと、鯉は一番ラク(自然的)な泳ぎ方(生き方)をわきまえて

その通りに過ごしているようです。

人間も『自然な流れ』に合わせて

スナオに生きれば余計な苦労をしなくていいのに、

「わがまま」により、逆らって生きたり、

あっちこっち無駄に泳いだり・・・

ほんと哀れな生き物であります(笑)。

・・・流れと同じスピードで泳いでいて、

同じ場所に留まっている鯉もいれば、

ちょっと早いスピードで泳いで、

ゆっくり前に進んでいる鯉もいました。

長瀬川沿いには、ところどころ

「鯉溜まり」のような、

ちょっと水深が深い場所があり、

そこに多くの鯉が集まっていました。

そこに自転車を止め、撮影をしようとしましたら、

今まで上流に顔を向けていた鯉たちが

一斉に私の方に顔を向けて

寄ってきました。

なるほど、地元の人が鯉に餌をあげていて、

止まっている人間を見つければ、

われもわれもと寄って来ます。

その有り様は、

儲かるところに

われもわれもと集まって来る

娑婆の人間と同じだと感じました。

ほんと、人間と鯉は姿形は全然違いますが、

宇宙的・神仏的観点から観れば、

本質的に『同じ』のようです。

・・・一方、人口密度の狭いところで

群がって暮らす鯉とは別の場所で

一匹だけで泳ぎ続ける鯉が

少数ながらおりました。

私が撮影をしようと、自転車を止めて川に近づいても、

その鯉は何事もないように、泳ぎ続けています。

『一匹狼』ならぬ、この『一匹鯉』を

どのように解釈・判断するかは

人それぞれ違うかと思いますが、

私はこの颯爽と泳ぐ、一匹鯉の方が

真(マコト)の人生を楽しく謳歌しているなぁ〜と感じました。

誰かにコビない、誰かと群れない、

依存しない自立した鯉は、

正に人生(鯉生?)の達人!真の実力者だと感じました。

私はどうも、この一匹鯉的生き方の方に

魅力を感じてしまいます。

群れるのは、窮屈でしんどいです。

(そのように感じています、価値観を私は持っているようです)

ま、それが、

いいかわるいかは別問題として。。。(笑)。

今日の夕方は畑に行ってきました。

最近天気が安定し、

比較的高温の日が続いていたので、

まだ夏野菜は元気に生き延びて、

枯れながらも別のところでは青々と茂った

葉っぱが出ています。

(キュウリちゃんは枯れてしまいましたが)

ミニトマトは小さいカゴ1杯収穫出来ました。

(オクラちゃんも、まだまだ元気です♪)

我が家の洗濯物を干す場所の下や周りにに植わっていた

ミニトマト(同じDNAです)は既に枯れました。

だけど、畑で伸び伸びとお日様に当たりながら、

管理者の私が、余計な葉っぱや枯れ葉を切ったり、

密集している箇所をまんべんなく空かしたり・・・など、

手をかけておりますと、

まだまだ元気に実をつけ続けています。

ほんと人間も

このトマトちゃんたちと同じように、

植わっている場所(生まれ育つ環境)や、

保護者・管理人が、ちゃんと手をかける・心をかける・・・

暖かく見守ることが必要なんやなと感じました。

こんな感じで、人間であれ、動物であれ、植物であれ、

やっぱり、根本的・本質的部分は同じですよね。。。