「里山風景の中で・・・雑感。」

無心になって八尾の里山風景の中で畑作業してますと、

“自然”がいろいろなことを教えてくれます(*^^*)♪

【時期(自然の法則)】に沿って、

畝を耕し種や苗を植え、雑草を抜いたり、

水や肥料を状況を観ながらあげていきます。

やがて時期が来ると作物が実り、

作物を収穫することが出来ます。

ところが、作物と同じ自然の一部である人間は、

農作物のようにスムーズな流れでは行きません。

なぜなのか?・・・と、

畑作業をしながら、

作物と人間の【違うところ】を探り、

ある程度の結論を見出しました。

人間にはあらゆる【恐怖心】から発心された

【自我(自己保身)】、

またそれから発心された

【我欲(自分さえよければ・

満たされればよいという、心の方向性)】

といったものを大なり小なり持っていて、

それが自然の法則に則った

素直な生き方をんで阻いるんや・・・と思いました。

作物を植える人が自我や我欲に囚われてますと、

例えば6月に種を撒くべき作物を

「オレは6月に撒きたくないねん」と8月に撒いたり、

「水やりと雑草抜くのんめんどくさいから

絶対せぇへんねん」とやらなかったら、

かなりの確率で作物は実りません。

畑作業はとてもシンプルで分かり易い、

人間生活の「例え」なので、

感性の鋭い方には既に

お分かり頂けたかなと思われますが、

私たちの日常生活のありとあらゆる場所で、

自我&我欲に囚われた作物を植える人のような

出来事が同時多発で起こっており、

そのような心持ちの人は遅かれ早かれ

不幸になっていくようです。

人間は幸か不幸か、過去(先祖・過去世含む)

に得たクセや習慣(性)、

そして【罪】が心身・魂まで、

“焦げた鍋底”のようにこびりついていて、

自我や我欲を持ち、その欲を満たすことが

【普通】であり【幸福】であるという

“誤認識”に囚われています。

その一方で、自分自身は素直・クリアーな

生き方をしたいと思っていても、

周りの人たちや今いる場所のエネルギーが

自我や我欲に囚われ、

毒ガスのように発心しまくってま地場が下がってますと、

自分自身の心身もそれに蝕まれ、

生命エネルギーの次元が低下し、

クリアーな心身が澱み、穢れていってしまうようです。

私たち人間は、ほぼ全員、

自我や我欲を持っています。

ですので人間関係がこじれたり、

トラブルが起こるその根本原因は、

その双方がいろんな自我や我欲が

共鳴し合って起こって来るので、

程度の差はあっても双方に

問題があるということかと思われます。

「相手の非を責めるのではなく、己の非を省みるべき」

と日々、反省の日々です(苦笑)・・・が、

これを言葉で言うのはとってもカンタンなんですが、

自我や我欲といったものを消すのは、

なかなか難しいものですよネ。

まだまだ行が足りません〜( T0T 涙)★

だけど、まずは、「無知の知」で

自分の至らなさや足らずを知り、

それらマイナスを消すための【消罪&徳積み】から始まり、

そしてそれに終わっていくのカナ?と、

なんとなく感じている、

今日この頃でございます。。。(ー人ー)☆

【写真】三輪大社「二の鳥居」。

ここではいつもステキな“ヒカリの玉”が撮影出来ます(^^)♪