ご縁ありまして、
京都・大原、比叡山・比叡山坂本に行って参りました。
おかげさまで雨も降らず
(大原の宿に泊まっていた時に夜、降っていましたが)、
万事予定通りスムーズに流れました(=人=)☆
とりいそぎ、広くお知らせしたいことを選んで、
7つの日記にして、記しておきたいと思います。
・・・京都霊山護国神社は、あの坂本龍馬や
その同志である中岡慎太郎を始め、
幕末の志士たちのお墓がたくさんあります。
やっと墓参が叶い、嬉しい限りです。
墓参や歴史館見学、激動の時代の舞台の一つになった
“京”の散策を通して、
幕末の激動期に生きていた志士たち
(天皇、公家、幕臣・・・佐幕派や倒幕派を問わず、
真剣に未来を考え実践されていた人たち全て)の
生き様〜念〜を通して、いよいよ目前に迫る
本格的な激動期のトラエカタ〜覚悟〜というものを
肚に落し込みたいと考えた次第です。
今でも多くの墓参者がいるようで、
とても綺麗に整備されていました。
見晴らしの良い小高い山の中腹にあって、
京都盆地に向かって墓標は立っており、
今でも“京”〜この国に行く末〜を
その御霊(みたま)たちは守護されておられます。
お墓という陰鬱な場所かと思いきや、
墓域全体が「守護神」なので、
清浄な気が流れる美しい凛とした場所でした。
終末期〜革命の時期は、中高年よりも
若者が率先して活動するようです。
知識や経験が豊富な中高年よりも、
感性と行動力を潤沢に持つ若者
(もしくは心に柔軟性のある/精神的に若い中高年)が、
変革の時代に於いては求められるようです。
護国神社の側にある、幕末の志士たちを紹介している
「霊山歴史館」の運営母体のもとである
「霊山顕彰会」の初代会長は、
あの故・松下幸之助氏です。
このことに更に深い感動と感謝の念が湧いて来ました。
自分の作った会社だけ大きくし、
自分だけ儲けるのではなく、
松下政経塾を作って政治や経済界で活躍する人材を育てたり、
PHPという、繁栄によって平和と幸福を探求し、
それを得るための思想や哲学を研究し
広めていく組織を作られたのは知っていましたが、
この霊山歴史館を仲間と共に作り、
幕末の志士たちへの鎮魂(供養)や感謝を含めた、
その志や生き様を広く世間に知らしめる活動も
されていたのは知りませんでした。
「子々孫々までこの国が弥栄であるために」と、
経営者として自らの会社のことだけを考えないで、
国家の安寧のため、また世界平和のために
生きられた松下幸之助氏。。。
「経営の神様という枠」を遥かに越えて、
私たち日本人全員にとっての神様〜あるべき姿〜やなぁと観じました。
幕末の動乱期を生きた志士、
戦後の混乱期を生き抜いた松下幸之助氏のような
先人たちの御恩に報いる人生を、
今を生きる我々は送れているのでしょうか?
出来ていないと申し訳ない気持ちでいっぱいです。
果たして松下幸之助氏が、幕末の志士たちが、
今の日本や世界を観たら、どう思い、
どのように実践されるのか?そのあたりのことも意識し、
自らの思考(念)や実践に活かして参る所存です。
●「京都霊山護国神社」
●「霊山歴史館」