なんのためのCASAなのか

きょうは、女性たちとのミーティングでした。

難しいね。

問題は山ほど出てくるよ

いっつもだけど、
その課題を解決に導く解決法を探ることが大切。

気持のぶつかり合い、
人間の心理は難しい。

文化の違いを受け止め合うって言うのは言葉以上に難しいことだし、
それには時間が必要だったり、何かのきっかけが必要だったり
そこのマネージメントも私たちの仕事。

最近のCASAでは
マネージメントという言葉がよく出てくる。

今日もミーティングが終わったあと、
またミーティングして今日出た課題の解決策を探ったり

今日は・・・疲れた。

ただ、本当に忘れないでほしい

SIFEのためのCASAじゃない

CASAのためのSIFE

目立つためのCASAじゃない

CASAは見世物じゃない。

地道なことなしにCASAは成り立たない。
ビジネスのひとことでくくれないから難しくて、遠周りかもしれないけど・・

そうじゃないと実現できないから、
だから社会起業はむずかしい。

ただのビジネスをしようとしてるんじゃない。
大事なところを見失いたくない。

本当に難しい。

そして私たちは今それに「挑戦」してる。
もがいてる。

簡単な道を通ってきたわけでもなく、文章でSTORY語れるほど
CASAは順調なものでもない。

どろくさいSTORYだと思う。

みんなが一番よく分かってる。

でも、だから、これがCASAなの。

地道な部分、見えない部分をおしまないでほしい。

「形」にみえる「形づくり」だけにこだわっては、いけない。

店舗持つことは先決。
もちろん、そういう意味では形にしないといけない。
じゃあ、なんで形にする必要があるのか?

CASAを実現するため

全部はそこで、CASAのMISSIONを実現するための手段

そして、なんのためのCASAなのか。
誰のため?
何を求めてCASAを追い求める?

CASAは見せもの?就職に有利だから?
学生活動?仲良しクラブ?サークル?

なんのためのCASAなのか。
いま目の前の4人の滞日アジア人女性とここまでやっているのは
なんでなの?

そこを考えなくして、
大切な部分を考えなくして、
先に進むのは根底から間違ってる。

もしも、形だけの、見せもののCASAだと思うのならば真っ向から否定したい。

わたしはそこだけは譲れない。

CASAにかかわってくれてるみんなの目に見えない努力を
「見ようとする姿勢」が大切だと思う。

CASAの根本ってそこだ。

みんなを受け入れて、認め合って、理解する努力をして
平等に、排除のない世界創りたい。

簡単じゃない

当たり前。

だからってあきらめないで信じたいと思う。

自分に問うことは、しんどいことだけど、
それもやめないで向きあいたい。

できる。