自分の環境

SIFEが終わったけど、
あいかわらず、せわしない毎日

せっかくのゆったりできた時間も風邪ひいてだいなしだ・・

CASAは31日のアクティブシニアのイベントに向けて早速
動き出しています。
そして私はバタバタとすこしみんなと違った動きをしながら・・・

みんなを見て勉強しています。

時間が過ぎるのは早い。

CASAが始まって1年、
そういってからも3か月ぐらいたってるのかな

はやいな−

周りは少しづつ、ゼミ選択の次期でもあり
将来について考える人が多くなったように思います。

よく話します。
そして私も考えます。

考えはかわらない、
もちろんCASAを仕事にすることなのですが
具体的に人生設計を考えたり。

あるタイミングで2回ほど続いて
自分の環境について、自分について考えさせられることがあった。
簡単に言ってしまうと「いかに自分が恵まれた環境であるか」ということ。

どちらの内容も、「生きるため」に生きている人がいるということ、
また普通の生活ができるために一所懸命に生活を送る人がいるということ。
たくさんいるんだ、そう考えさ得られるものだった。

分かりにくいんだけど・・

なんというか「生きるため」だけの努力をすることが精一杯だ、という人が
世界には山ほどいるってことを思い知らされた。

そんなことを感じたことがあって、
自分の環境を考えた。

他にも「環境」の違いを感じることが何度かあって。

いつもなら、
あー自分はなんて恵まれているんだ、
両親に感謝しよう。

そこで終わるんだけれども、その先を本気で考えた。

その今の環境にいる自分ができる最大限の努力、
そもそも出来ること、やっぱり私にしかできないことがあるんだって。
それってなに?

今日、友達の取材で
「今自分が夢中でやっていることの理由を紙1枚に書いてください」
っていうのがあって

平気で当たり前の如く、
くそ本気で
「社会を変える!」って書いた。

夢とかじゃなくて、理由としてそれを書いた。
ためらいもなく、それが書ける今の自分がいるのはなぜなんだろう。

考えた。

生きることに一所懸命、生きるために生きている人が世界にはたっくさん、
私は今、この環境の中で、勉強して、やりたいことができている

その意味を改めて考える今日この頃。

今の環境に感謝、
だけじゃなくて、だからやらなきゃいけないことがある。
できるのにやらないだなんてさ

世界にはたくさんの人がいて、
色んな個性があり、いろんな環境があり、いろんなコミュニティがあり・・・

想像つかないくらいにきっと様々な人生がある。

夢、そんなことよりも今日どう生きるかを考える毎日の人たちだって。

そういう人の人生を見て
「これがその人の運命だったんだよ」

運命、この2文字で終わらせてしまう。
私もこの2文字で終わらせていた時期があったけど・・

でもやっぱりそんなわけない。

平等にしあわせになろうって努力できる社会にできるはずだ、
そう思う。

私が今いる環境、
それがゆえに出来る行動。

それで私は私の人生をあゆむ。
私にしかできない人生をあゆむ。

それが今の私の歩き方なのかな−

そんな訳の分からなくなることを考える寒い夜です。