ホルチン砂漠の北、大興安嶺にかかると巨大なはげ山となる

蒙和に近い街天山から北100kmほどで大興安嶺の麓に入る。図は日本留学生、「連山」氏の兄が、自分の牧場はあの山から反対側のこの山の間だ、と広さ(10km*10km程)を説明している所。足元にある井戸は開放後に掘って、家と農地を創ったが、砂漠化と平野部で農業が進んだため、そちらに移住した、現在残っている牧戸は極僅かになった、他が下りたために利益を受けるから。土地使用権は売買されており、地代はごく安いが、不安定(村長の恣意性、制度変更の可能性等、明確でない、コネが有るので大丈夫だ・・・)、とのこと。砂漠化して放置されたここに、植林をして持続可能とさせ、複合経営によりかなり高い利益を早期に挙げられるかどうか、調査に来た。