大麻所持 同大生に有罪判決 「学生は自由がある分、責任も重い」(産経新聞) – goo ニュース
最近は大麻所持のニュースが頻繁に報道されます。とくに大学生など若い人が関わっている事件が報道されます。
大麻がなぜ法律で禁止されているのか、大麻について全く知らない私には分かりません。しかし、法律で禁止されているという理由から、大麻を吸うことは悪いことだと漠然に思っています。
大麻所持だけでなく、世の中には“なぜその法律が存在するのか分からない”と思う法律が多く存在します。当然です、私たちは大学の法学部にでも行かない限り、法律を学ぶことはほとんどないのですから。
法律は、私たちが生まれる前から存在します。そして、生まれた後も、どういう法律が存在するかを教えてくれる人はいません。
覚醒剤や大麻のように大きく事件で報道されるものであれば、それを使用してはいけないことは分かります。しかし、法律違反をして初めて、“そういう法律があったんだ”と気づく法律も多く存在するのでしょう。テレビで弁護士がコメンテーターを努める番組が存在するのもそのためです。
わたしたちの社会は、私たちが作ったわけではないし、その存在理由を知っているわけでもない法律をたくさん持っているのです。
では、だからといってそういう法律に従わなくていいわけではありません。
わたしたちのほとんどすべては法律の素人なのですから、いつでも法律を破る可能性を持っています。知らない法律を破る可能性もあります。
しかし、その法律は知らないからと言って、私たちが従わなくていい法律ではありません。
法律を破ってから「法律違反」だと言われても、自分は法律違反だと知らなかったのですから、釈然としない気持ちは残ります。
しかし、法律は社会を維持するためのものである以上、知らなくても破れば、その法律にのっとってジャッジが行われる必要があるのです。
このようなプロセスにすべての市民が納得できるようになるためには、その法律の存在に疑問がある場合には、誰でも異議申し立てすることができ、その法律の妥当性についていつでもだれでも議論できる機会が保証されていることが必要です。法律の再検討・刷新に市民が関与できる機会が保障されて初めて、法律は“市民が作ったもの”となります。
しかし、わたしたちの社会は法律によって秩序が維持されているにもかかわらず、このように法律の維持・更新に関わる機会について、誰も子どもの頃から教えられません。
それゆえ私たちの大部分は、大人になっても、法律は単に難しいものであり、専門家にまかせてよいものになっています。
これは、“社会”の規模があまりにも大きすぎるため、法律が細分化され、難解になっているからです。
そのような現状は簡単に変えられるものではありません。しかし、市民が法律を作りかえる機会がなければ、法律の妥当性は失われていきます。
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