以前にも書きましたが、ある団体を民主的に運営していくには—その団体が国のような大きさであれ、小さなものであれ—、団体を構成するメンバーが自由に行動でき、また自由に団体運営に影響力を行使できるようになっていなければなりません。
自らが自由に行動する権利と、団体を自由に自分の好きなものに作っていく権利です。
これは、自由こそが人間にとって最も大切なものだからです。
この自由はすべての人に保証されていなければなりません。
そこに人種による差別があってはなりません。
性による差別もあってはなりません。
そして年齢による区別です。
民主主義が本当に社会にとって大事であれば、団体の運営に自由に発言できる機会をすべての人に保証しなければなりません。
何度も述べてきたように、デモクラティックスクールはその機会を子どもにもたらす学校です。
子どもに国の政治に参加できる権利・投票権は保証するべきでしょうか?
難しい問題ですが、子どもには大人になる上で何らかの教育機関が必要であり、それが学校であるとするなら、まずは学校が民主的になっていることが好ましいです。
人にとって最も大切な自由を保証しなければ、その人は生きていく意味がなくなるでしょう。
生きていく意味のない社会に、積極的に参加しようという人はいません。
18歳まで子どもたちに生きていく意味は必要ないという考えがまともな考えだとは到底思えません。
そうすると、望ましい学校とはどういうものか、おのずと分ってくるのではないでしょうか。
>>子ども「が」まなぶ 「超」学校。
都会のサドベリー・スクール
デモクラティックスクール 宙(そら)
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日本におけるデモクラティックスクールの「これまで」と「いま」を紹介した『自分を生きる学校』(デモクラティック・スクールを考える会編 せせらぎ出版)好評発売中 宙(そら)のメンバー・保護者・スタッフも書いてます。