延長戦の緊迫したまっただなか。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
繰り返される映像。
そして、数分後に掲げられたレッドカード。
ジダンは、重い口を開いた。
マテラッツィに何度も暴言を吐かれたという。
暴言とは、家族を侮辱されたという意味だそうだ。
その言葉に、フランスの多くの国民が同情を寄せているという。
しかし、彼に寄せられる彼を擁護する意見に、ジダンはこうも言っている。
「もっとも大切なことは、あれは許されることではないということ」
このひとことを、大きく取り上げて欲しいと思う。
「暴言を吐いた人間こそ制裁を加えられるべき」という意見の前に、
「許されることではない」ということを、
そして、それがジダン自らの言葉であることの意味を、
もっともっと大事に扱っていきたいと思う。
暴力は、どんな理由があれ、許されることではない。
被害者には、「殴られていい理由」はない。
どんな状況でも、暴力を正当化してはいけないと思う。
それは、「言葉の暴力による傷つき<身体の暴力による傷つき」ではない。
暴力には、言葉による暴力も含まれる。
今の段階では、誰の目にも動かぬ証拠となった、ジダンの暴力行為だけが裁かれた。
ジダンの話が本当ならば、マテラッツィも同じように裁かれるべきだろう。
そして、ジダンにも、「暴言を吐かれていい理由はない」のである。
暴言を吐かれたから、暴力を行使したジダンの行動は是か非かではなく、
ワールドカップの決勝戦だからではなく、
たくさんの子どもが見ているから、ということでもなく、
スーパースター、スポーツ選手だからでもなく、
「絶対に許されることではない」というジダンの言葉のとおり、
人として、
どんな時も、どんな場所でも、誰に対しても、どんな状況でも、
暴力は許されてはいけないと思う。
最後に、こうも思う。
「もっとも大切なこと」を分かっているジダンだから、
もう二度と、自らの身にふりかかった暴力に対抗するために、
暴力を行使することはないと信じたいし、
ではあの場では相手に対してどういう態度をとればよかったのか、を
世界中の子どもはもとより、大人にも示して欲しい。
スーパースターとしては失格かもしれないが、
「失敗」をどうクリアするか、真の大人の姿を見せて欲しい。