しんどさと向き合う

※この記事は、昨年の夏ごろに考えた文章です。
 「ルート〜みちの途中・ブログ」は、もともと
 「zaq」のフリーブログから始まりました。
 新年度を迎えて、フレミラ宝塚の職員さんとも
 話し合い、「関西ええこと.mot」版に統一しよう
 ということになりました。
 
 「zaq」版のブログにもいろいろと思い出深いものがあり
 印象深い記事もありますので、少しずつ紹介出来たら
 と思います。(実は少しずつおこなっていましたが…)
 それでは、これからも「ルート〜みちの途中」を
 よろしくお願いいたします。

◇◆僕はいろいろな事を考えたり
また、ボーっとしていたり
振り返ってみると、あんなこんなで生活しているなあと
思うことが多いです。

数日、少し考える事があって
アルバイトがない時は、一人でいることが多かったのですが
一人でいることも、たまには悪くない
時間というのは無限にあって
その時間をどう過ごしてみるか
親しい人とワイワイ過ごすのも良し☆
一人で考えてみるのも良し★

一人で過ごしていると悩みや葛藤が湧き上がってきて
しんどくなったりする時もある
でも、悩んだ後というのは
何かしら成長している自分が居る☆★

そうやって少しずつ成長していくのも悪くないかもなあ
と、ここ数日で思ったわけです。

確かに日々を過ごしているとしんどくなることもあります。
しんどいことは順序めいて来るのではなく
突然、やって来たりします。

ですが、私たちはその突然やって来た「しんどいこと」に
対応していかなくてはなりません。
人と自分と向き合い
物事に向き合っていきます。

それは気持ち的にとっても苦しい状態です。
回避するのも選択の一つだと思います。
それは逃げるではない、回避 まわり道です。
道は続いていきます。

ひと休みも選択肢のひとつだと思うのですね。
本当にボロボロになるまで頑張ってしまうと
けっきょく、それによって長い間
休まなくてはならない状態にもなり兼ねません。

だからとりあえず、しんどいことを避けて休んで
まわり道をしてみるという方法も得策かな
と思えるのですね。

だから学校に行かないということも
ひとつの道かなと思えるのです。
こうなったら、何が正しいとか論理的とか
りくつではないと思うのです。
自分にとって、一番いいと思える方法を取るのが
一番かなと、そう思います。

確かに言葉にするのは簡単かもしれませんね。
無責任だと思われる方もいらっしゃるかと思います。
だから僕はこうしたらとは言いません。
こういう考え方もあるかもとまでしか言えません。
けっきょく、決めていくのは本人さん、
親御さんはじめご家族の方だと思います。

このやり方と思ってやってみて
ああ、やっぱりなあと後悔することも幾度もありますよね。
ですが、その失敗から何年も経つと
ああ、あの失敗は経験になったよなあ
と思えたりします。

だから僕はどんな時も前向きに生きていきたいのですね。
前向きでありさえすれば
自分の生きる方向性が見つからなくても
見つめられます 発見は出来なくても考えます☆
悩みや苦しみ 結論は出なくても
経験であり、生きた証 糧となります★
そしてその糧で私たちは成長していけます☆★

成長していけば、どんなしんどさがやって来ても
例え打ち勝てなくても
対応 対峙していける自分になっていけます◇◆

人間は思っていたよりも 弱く 強い
私たちは思っていたよりも 卑怯で 優しい
それが私たち人間 怖さ 素晴らしさ その世界