『東アジア(朝鮮半島)と倭国』

(%緑点%) 後期講座(歴史コース)の第13回講義の報告です。
・日時:H24年1月10日(火)am10時〜12時
・場所:すばるホール(3階会議室) (富田林市)
・演題: 『東アジアの墳墓』
・講師: 笠井 敏光先生(文化プロデューサー)
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【東アジア】
・アジアの分類…東アジア、西アジア、中央アジア、南アジア、東南アジア
・東アジアとは…日本、大韓民国、朝鮮民主主義人民共和国、中華人民共和国、モンゴル国、台湾
【日本・中国・韓国の連関】併行関係
(日本)・・・・・・(韓国)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(中国)
[弥生]・・・・・・[三韓](馬韓・辰韓・弁韓).・・・・・・[漢〜三国(魏・呉・蜀)]
[古墳]・・・・・・[三国](高句麗・百済・新羅)・・・・[南北朝]
[飛鳥・奈良]・・・[統一新羅]・・・・・・・・・・・・・・・・[隋・唐]

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(%エンピツ%)
1.朝鮮半島三国時代
・前2世紀…衛満朝鮮
・前108年…4郡設置(漢郡県時代−中国の支配)
・204年頃…帯方郡+楽浪郡
・313年…郡県時代終わる
・4世紀後半まで…三韓時代(馬韓・辰韓・弁韓)
・4世紀後半〜7世紀後半…三国時代
高句麗(こうくり/ コグリョ)】前1世紀〜668年
百済(くだら/ペクチェ)】4世紀前半〜660年
新羅(しらぎ/シルラ)】4世紀後半〜935年
・7世紀…隋・唐が高句麗を侵略
(660年)→(新羅+唐)×百済(百済の滅亡)
(668年)→(新羅+唐)×高句麗(高句麗の滅亡)
(676年)→(唐)×新羅⇒統一新羅(676年〜935年)(都は慶州)

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2.朝鮮半島の墳墓
(1)高句麗の墳墓
・積石塚…墳丘の形状は方形で、石を積み上げて墳丘を造る(シベリア・エニセイ川流域の影響)
・大きさ…1辺31m(将軍塚)、66m(大王塚)
・墳丘上から瓦が出土(墓堂などの施設が存在していた)
・横穴式石室(中国の影響)
(2)新羅の墳墓
・積石塚(高句麗の影響)
・木槨(もっかく)(中国の影響)…地面を掘った穴の中に棺よりも大きな木の囲い(木槨)を造り、その中に被葬者や副葬品を納める
・墳丘の形状…円墳もしくは円墳が結合した双円墳
・大きさ…114m(皇南大塚)
(3)百済の墳墓
・漢城(ソウル)に最初の都
・積石塚(高句麗の影響)
・副葬品(中国・南朝の強い影響)
・墳丘の形状…方墳⇒円墳
・大きさ…30m
(4)伽耶(かや)の墳墓
・伽耶という国はなく、伽耶諸国(伽耶地方)
・墳丘の形状…円墳
・大きさ…30m
・竪穴式

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3.まとめ
○墳墓を見るときの3つのポイント
①墳丘
②内部主体(構造)…横穴式・竪穴式、石室、木槨
③副葬品
○中国・朝鮮半島の墳墓
①宮都 ②山城 ③墓←この3つがセット
○日本の墳墓は“特異”.
・墳丘…前方後円墳、前方後方墳、円墳、方墳など多様性
・大きさ…486m(巨大性
・外部…埴輪、葺石、段築、濠
倭の王権と朝鮮半島
・倭は、東アジアの国際社会において、主に百済と提携し、さらに伽耶諸国とも結び、高句麗に対立

*(笠井講師)…日本だけの墳墓を見るのではなく、せめて朝鮮半島の墳墓をみて、その特質を分析することが大事です。