五木寛之『風の王国』〜現代社会への警鐘、大人のためのファンタジー〜

(%紫点%) 前期講座(文学・文芸コース)の第7回講義の報告です。
・日時:5月16日(木)午後1時半〜3時半
・場所:すばるホール(3階会議室) (富田林市)
・演題:五木寛之『風の王国』
・講師:浅田 隆先生(奈良大学名誉教授)
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**五木寛之「略歴」**
・1932年福岡県生まれ。生後まもなく朝鮮に渡り47年引き揚げ、52年早稲田大学文学部露文科に学ぶ。その後、PR編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、66年「さらば愚連隊」で小説現代新人賞、67年「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、76年「青春の門 筑豊編」で吉川英治文学賞を受賞。81年より一時休筆して、龍谷大学の学び、のち文壇に復帰。代表作に、 「戒厳令の夜」「風の王国」「風に吹かれて」「蓮如」「大河の一滴」「他力」など。翻訳にリチャード・バック「かもめのジョナサン」など。現在、直木賞などの選考委員をつとめる。「百寺巡礼」「21世紀仏教への旅」などのシリーズも注目を浴びる。
・『風の王国』(右上は、新潮文庫)
二度目の休筆の後、ペンを執った小説『風の王国』(小説新潮 ´84年7月〜9月号)は、伝奇性を漂わせ、古代から現代にいたる歴史の闇を封じ込んでいる。また現代社会への批評性と哀感を漂わせ、読者を引き込んで離さない作品。

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(%エンピツ%) 講義の内容
○梗概…あらすじ
(1) 物語の始まり [速見卓、葛城哀]
流星書館が出版を予定している『日本・その光と影』の執筆者西芳賀教授の依頼で、主人公である速見卓が二上山にのぼる、というあたりから物語は始まり、速見卓が濃霧に閉ざされた二上山の稜線を〈疾歩(しっぽ)〉する謎の女「翔ぶ女」(葛城哀)に出会ったことから物語りは動き始める。

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(2)二上講(フタカミ講)…天武仁神講…へんろう会 
竹内街道拡幅の大工事と浪民狩り(明治10年)
・竹内街道開鑿(かいさく)のために、山野を旅する浪民(ケンシ)を無国籍者としてとらえ酷使。→工事の最終段階で、仁徳天皇陵を盗掘させ、証拠隠滅のため八人の男達の抹殺を図るが、命を捨てた仲間の行為で、ただ一人葛城の猿〈のちの葛城遍浪〉(かつらぎへんろう)が生き残る。→葛城遍浪に導かれた八家族五十五人のケンシは、伊豆山中に逃げのび、秘密結社二上講を作った。
現実社会に対応するための「へんろう会」結成
・「フタカミ会」の支援もあって、巨大な企業射狩野総業グループに成長(オーナー射狩野冥道)
射狩野総業とフタカミ講との確執
・「へんろう会」の当初の精神である、自然との同化・共存とはまったく逆な、自然開発事業まで射狩野総業は着手→フタカミ講から批判が投げられる
・オーナー射狩野冥道:《八家の一族の流れをくむ人々に食糧と仕事を与えるために夜も寝ずに頑張った》、《60年(中略)、二上山を逃れてきた一族のために、独立自主と一心無私の教えを守って生きてきて、ふと気がついてみると、こう(大企業)になっていた》(日本人の戦後そのものを語っているかのようだ)

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(3)二代目講主(葛城天浪)の選ぶ決断
*右の『風の王国』作品抜粋(478頁)を参照ください。
・射狩野総業とフタカミ講との論争の中で、二代目講主葛城天浪は、「負ける」ことの意義を説き、代替わりする。(みずからの死をもって皆に語りかける。)
(4)終章
「風は見えなかった。だがたしかに存在していた。《風の王国》は、いま、彼の行く手にあった。おれが風だ、と彼は感じ、あざやかな葛城の朝の光の中をすばらしい速さで《翔び》つづけた。」

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○あとがき
・『風の王国』は、父祖より流浪する生き方を受け継いできた人々に、現代を厳しく批判する重いテーマを背負わせ、はげしい闘いを演じさせる。
・物語の舞台は、二上山、仁徳陵、竹内街道と伊豆で、特に二上山が神秘的に取り扱われている。
・また、歩くことのすばらしさが感動を誘うが、同時に、歩くことの意義を介して、現代文明への反省を迫る作品とも言える。